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Essay|ลำพู -Lamphu-

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タイにまつわること、タイにまつわらないこと。思考を整理するために言葉を紡いだエッセイ。2021年8月31日の記事から。
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【Essay】十九歳で母になるということ〜タイの山地で出会ったある少女について〜

【Essay】十九歳で母になるということ〜タイの山地で出会ったある少女について〜

 親になる。
 これは、自分が小さい頃からの憧れだった。我が子の成長を一番に考えてくれた両親の影響だろう。
 両親の人生には、挙げればキリがないほどに、息子のための「犠牲」が存在している。子育てのための引っ越し、転職などはもちろんのこと、決して裕福ではないのにも関わらず、我が子がしたいと思うことのために大学にまで通わせてくれている。自分が「親」という存在に憧れるのは、私のために人生をかけてくれた両

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【Essay】名前のある関係性、名前のない関係性

【Essay】名前のある関係性、名前のない関係性

大学院の入学式のこと。

これから一緒に学んでいく同級生たちにばったり会い、一緒に記念写真を撮った。その中の一人が、その写真をさっそく家族に送り、返信が来たという。

「友達できて良かったねって言われた」

入学式と言えども、授業開始からすでに1週間が経っていた。初めて先生や同級生に会うようなドキドキはもう味わえないのだけれども、こうやって友達と一緒にまわれるのもいいものだと思っていた。その時だっ

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【Essay】〈私〉を消して、〈私〉を表現する〜言語表現、写真、そして研究〜

【Essay】〈私〉を消して、〈私〉を表現する〜言語表現、写真、そして研究〜

以前、書いた文章を読み直してみた。数年前に書いた文章で、研究者を志す原点が詰まっている。読み返せば様々なことを思い出して、いつの間にか感傷に浸ってしまった。しかし、これがまたとにかく読みにくい。一人称単数が多いのだ。決して村上春樹の短編について何かを言いたいわけではない。ただ、その文章にはとにかく「私」であるとか「自分」であるとか、一人称を表す言葉が頻出するのだ。こんなにも自意識過剰な人間だったの

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【Essay】 #日々是統計学 / #赤信号、みんなで渡れば怖くない

【Essay】 #日々是統計学 / #赤信号、みんなで渡れば怖くない

2月の終わりに日本に帰国してからずっと、社会統計学を学び直している。大学院に入る前にしっかりと思い出し、身につけておきたい。卒業を控えたこの3月を有効に使いたい。そんな思いが相まって、入門本を古本で購入した。分析ソフトの「R」を使って学ぶというのがこの本のコンセプトで、実際に手を動かして勉強できるところがいい。

その分、負担が大きいのも事実だ。1章ずつの分量が意外に多く、細かく詰めて作業している

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【Essay】言葉を学ぶ。それは凡人による<凡庸>への抵抗。

【Essay】言葉を学ぶ。それは凡人による<凡庸>への抵抗。

ある芸術家を前に、自分はどこまでも〈凡人〉だと思うことがある。

彼の書く文章は単調だ。恐ろしく静かなのだ。一見、誰でも書けてしまえそうな文章の中に、その行間に、〈才能〉が顔をちらつかせる。

その作家はインタビューの中でこう答えていた。

小説家になりたいという幼い頃の夢をどこかに潜めている自分と勝手に比べてしまう。

言葉を使った表現だけではない。

彼がカメラを手に取ったとき、ファインダーに

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【Essay】話す言葉、内なる葛藤。

【Essay】話す言葉、内なる葛藤。

留学生と何語で話すか、という問いがある。日本の大学に日本語を学びに来ている外国人留学生は、日本人の学生と日本語で話したいと思っている。そして留学生と関わりたい日本の学生は、留学生の言葉で話したいと思っている人も少なくない。そこで、何語で話すかという一つの葛藤が生まれる。そして「誰と」「何語で」話すかという問いは、すなわちそのまま本人の存在論的、ないしは実存的問いかけとなって行く。

自分の場合は、

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【Essay】夕べにすべてを知るということ

【Essay】夕べにすべてを知るということ

夕べにすべてを知るということ。

これはベートーベンの日記にある言葉らしい。好きな小説の中で引用されていた。もっとも、僕自身はベートンベンの日記を読んだことがあるわけではない。ベートーベンをよく聴くわけでもない。その小説のどのシーンで引用されていたのかも忘れてしまったのだけれども、この一文が、もう2年くらい頭から離れない。

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大学院の入学試験が近い。最近は図書館や研究室にこもり、黙々と読

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【Essay】タイ語のテキストたちの〈言葉〉※タイ語学習用テキストの紹介つき

【Essay】タイ語のテキストたちの〈言葉〉※タイ語学習用テキストの紹介つき

溢れきった本棚を整理していると、懐かしいものが出てきた。タイ語のテキストが5冊、待っていたかのように並んでいる。タイ語を学び始めて1、2年のときに使っていたテキストだ。カバーはしっかりしているものの、中身は書き込みでいっぱい。モノとしても、気持ちとしても、売りには出せない。

とりわけ思い入れがあるのは、斉藤スワニーさん・三上直光さんの『中級タイ語総合読本:タイの社会と文化を読む』(白水社)だ。タ

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見たことのない海に思いを馳せて〜【私のタイ文学】ラッタウット・ラープチャルーンサップ『ガイジン(Farangs)』〜

見たことのない海に思いを馳せて〜【私のタイ文学】ラッタウット・ラープチャルーンサップ『ガイジン(Farangs)』〜

考えてみれば不思議なものだ。海が好きな自分は、タイに留学していたときでさえもほとんど海に足を運ばなかった。チェンマイという北の古都<みやこ>に住んでいたことが大きいけれども、プーケットもクラビも、サムイ島もサメット島も、僕は行ったことがない。

ただ、それでも僕はタイの海をありありとイメージできる。永遠に伸びているかのような白い砂浜を、永遠に繰り返すかのように波打つ水際を、永遠に続いているかのよう

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【Essay】私とあなたの identity politics、私と私の identity politics。

【Essay】私とあなたの identity politics、私と私の identity politics。

名乗りあげ、名付けられ、紡ぎ上げられていく。

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国家と民族の identity politics。

以前、東南アジアの地域社会論の授業で「国民形成における名乗りと名付けの相互作用」というレポートを書いたことがある。様々な民族集団が自らの市民権や政治的権利を主張する中、国家はその要求をどのように受け止め、制度化し、「国民」概念が形成されていくのか、授業で取り上げられていたミャンマーと自分

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【Essay】marginal man:タイの中で日本人として生きて

【Essay】marginal man:タイの中で日本人として生きて

marginal man.

タイに留学する前、ある社会学史に関する本を読みながら、この言葉に出会った。プロイセン生まれの社会学者ゲオルク・ジンメルが提唱した「Stranger(よそもの)」という概念を、後にシカゴ学派のロバート・エズラ・パークが一般化し、「marginal man」という概念としてまとめ直したという。様々な集団に属しているために、本質的にはどこにも属していない人々のことを、「ma

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【Essay】他人を知る、自分を知る:Borgen -Power & Glory- を見て

【Essay】他人を知る、自分を知る:Borgen -Power & Glory- を見て

大体、自分の興味の中に自分の影はない。そう思うことがある。

自分にとって大切だと感じた人や、心動かされる何かをその中に感じた人がいるとき、僕はその人のことをより深く知りたいと思う。その人が見てきたものを、自分も見てみたい。その人が感じてきたことを、自分も感じたい。いつしかそのような関心が、当の本人を知るという枠を超えて、自分の中で一人歩きする。初めて自分の興味になる。タイにしろ、何にしろ、自分の

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【Essay】タイ語の美しいもの

【Essay】タイ語の美しいもの

大学のタイ語の授業で、タイ語の金言(วรรคทอง)について学ぶ機会があった。タイ語の金言は、多くの場合は韻文による古典文学から引用されている。母音による押韻に加え、細かい声調の決まりがある、厳格な韻文だ。朗読の際に考慮しなければならない音節の区切り方も存在する。押韻、声調、音節の区切りによって織り成される独特なリズムが、タイ人の耳には美しいものとされる。

これを読んでいる人に、タイ語ができる人

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【Essay】雨

【Essay】雨

空が薄らと暗くなる。湿った空気が網戸からじわじわと部屋へ入り込む。やがて雨が庭に敷き詰められた小石を細かく突き始める。

雨が入り込まないように、窓を閉めなくては。湿ったフローリングを裸足で掛け、窓まで向かう。スクリーンが半開きになった窓辺で、僕は佇む。もわっとした冷たい空気を顔に感じながら、雨粒に霞む緑の山を眺める。

薄暗い室内は、サーっという雨音に包まれる。この単調な雨音に、いかなる雑音も消

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