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様々な事情で世に出ることのなかった作品たちをご紹介。
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2022年10月の記事一覧

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)143

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)143

最終章 カム・バック(16)4(承前)

「彼は誘拐したユタカ君を、義父である櫻澤のもとへ預けることを決めました。櫻澤邸なら、滅多に人が訪れることもありませんから、誰にもユタカ君の存在を知られずにすむ──そう思ったんでしょう。そして事実、そのとおりになったんです」
「自分の娘たちとも疎遠になっていた櫻澤氏が、黒井先生の頼みをすんなりと受け入れるかな?」
 日向が尋ねる。
「娘婿である黒井夢魔とは、

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)142

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)142

最終章 カム・バック(15)4(承前)

 命題1 櫻澤翼の母親は私に似ている。
 命題2 櫻澤晴佳と私は似ていない。
 命題3 櫻澤翼の母親は櫻澤晴佳である。

 これらの命題が、同時に成立することはない。つまり、三つのうちのいずれかが間違っていることになる。だけど、命題2と3は疑いようのない事実だ。となると、誤った命題は1ということにならないか。櫻澤翼の母親は私に似ていない──すなわち、あの夜

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)141

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)141

最終章 カム・バック(14)4(承前)

「なるほど。荒瀬君も川嶋君も、櫻澤氏を殺した犯人ではないことは理解したよ」
 日向が口を開く。
「でも、だとしたら、誰が彼を殺したんだろう?」
「荒瀬さんが櫻澤邸から持ち帰ったベリーマンベアを見て、私、ようやくすべてを理解しました」
 私は静かにいった。
「え? 櫻澤氏を殺した犯人を、いい当てることができるというのかい?」
 日向が、頓狂な声をあげる。

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)140

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)140

最終章 カム・バック(13)4(承前)

「ありがとう、亜弥ちゃん」
 私は彼女にそういうと、日向を見上げた。
「これでわかったでしょ? 亜弥ちゃんは犯人じゃない。ちなみに、荒瀬さんが現場から持ち去ったぬいぐるみも、亜弥ちゃんのものではありません。櫻澤の殺された日曜日、帰りの電車の中で、テディペアのぬいぐるみを抱えて座っている亜弥ちゃんの姿を、亮太が目撃しています」
 水口刑事の手にしたテディベア

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)139

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)139

最終章 カム・バック(12)4

 亮太が一位から十三秒遅れで八百メートルのターンを終えるのを見届け、私はゆっくりと立ち上がった。
「先輩?」
「ハル、どうしたの?」
 皆が私のほうを向き、不安げな表情を浮かべる。
「亜弥ちゃんは櫻澤を殺してなんかいない。そうでしょ?」
 私は、亜弥の肩に触れて尋ねた。彼女はうつむいたまま、こくりと頷く。
「教えて、亜弥ちゃん。あの日、櫻澤の家でなにがあったのか─

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)138

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)138

最終章 カム・バック(11)3(承前)

「見落とした可能性だってあると思うけど」
「いいえ。犯行後、レイクサイドロードを通ってゴンドラ乗り場まで行ったなら、誰かが亜弥ちゃんの姿を見ているはずですが、これまでそのような証言はひとつもありません。森を通ったとしたら、五時五分には間に合いません。なぜなら彼女は、四時半にはまだ屋敷の中にいたはずですから」
「どういうことです?」
 刑事が割り込んでくる。

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)137

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)137

最終章 カム・バック(10)3(承前)

 亮太の推測は当たっていた。
 昨夜、彼と電話で交わした会話を思い出す。
『もちろん、証拠があるわけじゃありません。だけど、そう考えると辻褄が合いませんか? 先輩は事件の前日、櫻澤の車に乗り込む亜弥の姿を見かけたんですよね? もしもそのあと、二人の間になんらかのトラブルがあったとしたら──』
 亮太のいうとおりだった。亜弥は、櫻澤の毒牙にかかってしまったの

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)136

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)136

最終章 カム・バック(9)3(承前)

「…………」
「荒瀬君」
「わかった……降参するよ」
 自分の膝を叩き、荒瀬は立ち上がった。開き直ったのか、清々しささえ感じられる。
「そうだよ、俺だよ」
 そう答え、荒瀬は私のほうを向いた。
「事件の前日、あんたが亜弥に合鍵の隠し場所を教えるのを、俺はすぐそばで聞いていたんだ。俺があんたの部屋に忍び込んで、留守番電話のメッセージを消した。俺が櫻澤を殺したん

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)135

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)135

最終章 カム・バック(8)3(承前)

「もし、亮太が美神湖を横断したのだとしても、そのとき湖に太陽の光は当たっていなかったのだから――」
「そういうこと」
 日向は満足そうに頷いた。
「春山君が書いてくれた表を見たらわかるように、栗山君が身体を焼くことができたのは、レストランを出てから管理人に会うまでの一時間二十分に限られる。釣りをしていたときは服を着ていたそうだから、全身に日焼けをするはずもな

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)134

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)134

最終章 カム・バック(7)3

 スタンドの一部が、わっと盛り上がる。
「行けえっ! そのままぶっちぎれえっ!」
「ファイト!」
 にわかに活気づいたのは、私の後輩たちではなかった。他校の部員だ。
 四百メートルのターンを終えたところで、亮太のスピードは急激に落ちた。どうやら、キック力が弱まったらしい。それまでリズミカルだったストロークも、ぎこちなくなっている。あとを追いかけてきた二人に抜かれ、亮

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)133

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)133

最終章 カム・バック(6)2(承前)

「どうして荒瀬さんの訪れたあとを狙って、犯行に及んだのか?」
 幹成は、刑事の言葉をそのまま復唱した。
「決まってるじゃないか。犯行時刻をわからなくするためだろう? 櫻澤邸を定期的に訪れるのは荒瀬さんだけなんだから、彼が去ったあとで櫻澤を殺せば、翌週まで遺体は発見されない」
「違いますね。いくら遺体の発見が遅れたとしても、やはり栗山君は最有力容疑者として警察

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)132

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)132

最終章 カム・バック(5)2(承前)

「亮太が一年半もの間、俺たちを騙していたと刑事さんはいうんすか?」
「だって現に今、彼は普通に泳いでるじゃありませんか」
 プールを指し示したあと、彼は私たちの顔を順番に眺め、ふんと鼻を鳴らした。
「私はこう考えています。事件当日の午後三時半、レストランを出た栗山君は森の中を通って、櫻澤さんの屋敷へ向かいました。わざわざ人目を避けて森を通り抜けたということは

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)131

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)131

最終章 カム・バック(4)2(承前)

「水口君は今回の事件について、なんらかの結論を出すことができたかい?」
 日向は前置きもなしに、いきなり話を始めた。強面の刑事に、くだけた口調で語りかけることができるのだから、それだけでたいしたものだ。
「ええ、ある程度は。だが、まだ確信を得るにはいたっていません。だからこそ、私はここへやって来たんです」
 刑事が答える。
「なるほど。つまり、君は相変わらず

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)130

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)130

最終章 カム・バック(3)2

 亮太の様子を気にしながら、スタンドへ戻る。
 メガホン片手に亮太を応援する後輩たちの中に、イチミの姿を見つけた。その横には、あまり歓迎したくない男が座っている。
「やあ、ひさしぶり」
 以前私のアパートにやって来た中年刑事が、あのときと変わらぬ鷹のような視線を私に向けた。今日はスーツ姿でなく、ゴルフ帰りのようなラフな格好をしている。
「警察の方がわざわざ水泳観戦で

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