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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)135

最終章 カム・バック(8)

3(承前)

「もし、亮太が美神湖を横断したのだとしても、そのとき湖に太陽の光は当たっていなかったのだから――」
「そういうこと」
 日向は満足そうに頷いた。
「春山君が書いてくれた表を見たらわかるように、栗山君が身体を焼くことができたのは、レストランを出てから管理人に会うまでの一時間二十分に限られる。釣りをしていたときは服を着ていたそうだから、全身に日焼けをするはずもないしね。もし午後三時半から四時五十分の間に櫻澤氏を殺していたのであれば、日焼けなんてできたはずがないんだよ」
 刑事はぐぐっと、奇妙な唸り声をあげた。口をへの字に曲げ、悔しそうな表情を浮かべる。
「だとしたら、あなたは誰が犯人だとおっしゃるんですか?」
「彼女の──」
 日向は私を指差した。
「留守番電話に録音されたメッセージを消去した人物――それが犯人だ」
 二本目の煙草をくわえ、勢いよく煙を吐き出す。
「栗山君は犯人じゃない。ということは、彼が四時四十分頃に、春山君の自宅へ電話をかけたという話は真実だ。しかし実際には、留守番電話に栗山君からのメッセージは記録されていなかった」
「メッセージが録音されていたというあなたの証言は、やっぱり嘘だったんですね」
 刑事が私を睨みつける。私は黙ってうつむくしかなかった。
「いや、栗山君が犯人ではないと証明された以上、彼は確かにメッセージを残したはずなんだ。つまり、誰かが留守番電話を操作してメッセージを消去したことになる」
「外部から留守番電話を操作することも可能なはずですが、そういう設定にはしていなかったんですか?」
 水口刑事の言葉に、首を横に振る。そんな機能があることさえ、私はずっと知らずにいたのだ。
「となると、誰かが椎名さんの家に忍び込んで、留守番電話を操作したとしか──」
 刑事の言葉に慌てた。日向は、私の本当の名前を知らない。椎名といわれても、誰のことかわからないだろう。
 だが、自分の名探偵ぶりに酔っているのか、
「そういうことになるね」
 日向は表情を変えることなく、話を続けた。
「でも、六月二十日──君が警察の事情聴取を終えてアパートに戻ってきたとき、部屋のドアは施錠されていたんだよね?」
 私の顔を覗き込み、穏やかな口調で尋ねる。
「はい……」
「誰か、君のほかに合鍵を持っている人はいる?」
「いえ……でも合鍵は、いつも郵便受けに隠してましたから。そのことを知っていれば、誰だって忍び込めたと思います」
「合鍵のありかを知っていた人物に、心当たりは?」
「それは……」
 私は言葉を濁した。留守番電話の一件に関しては、昨夜、亮太ともさんざん話し合ったのだ。
 事件当日に記録されたはずのバイクショップからのメッセージは、なぜか消えてしまっていた。私以外の誰かが消したとしか考えられない。そして、それができた人物は――。
「事件が起きた日の午後六時頃、春木君のアパートの前を通りかかった清水君が、ボディに《フレッシュマート美神》とペイントされた軽トラックを、たまたま目撃している。県内に、そういう名前の店は一軒しかない。美神駅の向かい側にあるスーパーだ」
 日向の視線は、荒瀬に向けられた。
「君の車だよね?」
「あ、ああ……そうだったかな」
 うつむき加減に、荒瀬はいった。明らかに動揺している。
「なんの用事があって、そんなところにいたんだい? まさか、何十キロも離れた場所へ、配達に来たわけじゃないんだろう?」
「《パラレイロン》に用事があったんだ……」
 荒瀬はしどろもどろに答えた。
「《パラレイロン》というのは、アパートの裏手にあるライヴハウスだよね? 本当にそこに用事があったのかい? 調べればすぐにわかることだよ」

つづく

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