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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)136
最終章 カム・バック(9)
3(承前)
「…………」
「荒瀬君」
「わかった……降参するよ」
自分の膝を叩き、荒瀬は立ち上がった。開き直ったのか、清々しささえ感じられる。
「そうだよ、俺だよ」
そう答え、荒瀬は私のほうを向いた。
「事件の前日、あんたが亜弥に合鍵の隠し場所を教えるのを、俺はすぐそばで聞いていたんだ。俺があんたの部屋に忍び込んで、留守番電話のメッセージを消した。俺が櫻澤を殺したんだよ。配達に行ったとき、あの爺さんと口論になってね。かっとなってやっちまったんだ」
ひと息にそこまでしゃべると、荒瀬は神妙な面持ちで水口刑事と向き合った。
「刑事さん、俺が殺したんです。俺を逮捕してください」
「申し訳ありませんが、あなたの要望を受け入れることはできませんね」
刑事は冷たい口調で、そういい放った。
「荒瀬さん。あなたの犯行は時間的に不可能なんですよ」
「違う! 俺が殺したんだ!」
唾をまき散らして、荒瀬は叫ぶ。
「じゃあ訊きますけど、あなたはどこで櫻澤さんを殺したんです?」
「どこって……地下室で……」
「口論になったあと、あなたと櫻澤さんはわざわざ玄関から地下室へと移動したわけですか? その上、地下室で櫻澤さんを殺害したあと、今度は玄関まで遺体を運んだことになります。一体、なんのために? しかも、それだけの行動をわずか一、二分で行なわなければならなかったんですよ。嘘は困ります。あなたに櫻澤さんは殺せない」
「荒瀬君。君が屋敷を訪れたとき、すでに櫻澤氏は死んでいたんだろう?」
刑事のあとを継いで、日向が口を開いた。
「君は、誰が櫻澤氏を殺したか知っていた。だから犯行時刻をごまかすことで、犯人を庇おうとしたんだ。そのあと春山君がやって来なければ、遺体は翌週まで見つからなかったはずだからね」
日向はおもむろに立ち上がり、数歩進むと、ある人物の前で立ち止まった。
「君だよね? 櫻澤氏を殺したのは」
日向の正面には、亜弥が座っていた。彼女のまぶたには、うっすらと涙がにじんでいる。
「君だよね?」
亜弥がなにも答えようとしないので、日向はもう一度、今度は先ほどよりも強い口調で問いかけた。
亜弥の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「あたし……あたしは……」
ようやく口にした言葉は、ひどくかすれていた。
「彼女は動揺している。俺が洗いざらい話すよ」
日向の前に立ちはだかり、荒瀬は口をとがらせた。
「事件前日、亜弥は俺の家へ遊びに来る約束になっていたんだ。泊まりがけでね。週末はいつもそうしていた。土曜日の午後、学校が終わったら俺の家までやって来て、日曜日の夕方になると帰っていく。親には、友達の家で勉強するからと嘘をついてたみたいだ」
そこまでしゃべり、尖ったまなざしを日向に向ける。
「あの日も、俺は亜弥が来るのを楽しみに待っていた。それなのに、夜になっても現れない。携帯電話も繋がらなかった。事故にでも遭ったんじゃないかと心配していたら、夜中の二時を過ぎてようやくやって来たんだ。驚いたことに、亜弥は裸足だった。『一体、どうしたんだよ?』と訊くと、彼女は狂ったように泣きわめき、『怖かった、このまま死んじゃうんじゃないかと思った』と、同じ言葉ばかりを何度も何度も繰り返したんだ」
うつむいたままの亜弥を心配そうに見やり、彼はさらに続けた。
「熱い珈琲を飲ませ、思いっきり抱きしめてやると、それでようやく落ち着いたらしく、亜弥はぽつりぽつりと自分の身に起こった出来事を語り始めた。すぐには信じられなかったよ。まさか、櫻澤に軟禁されていただなんて――」
つづく