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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)140

最終章 カム・バック(13)

4(承前)

「ありがとう、亜弥ちゃん」
 私は彼女にそういうと、日向を見上げた。
「これでわかったでしょ? 亜弥ちゃんは犯人じゃない。ちなみに、荒瀬さんが現場から持ち去ったぬいぐるみも、亜弥ちゃんのものではありません。櫻澤の殺された日曜日、帰りの電車の中で、テディペアのぬいぐるみを抱えて座っている亜弥ちゃんの姿を、亮太が目撃しています」
 水口刑事の手にしたテディベアを指し示す。ぬいぐるみはいたるところにほころびが見られ、お腹のあたりからは大量に綿がはみ出していた。
「私は事件当日、美神駅で偶然にも亜弥ちゃんと出会い、彼女にぬいぐるみを見せてもらいました。荒瀬さんが現場で拾ったテディベアと、確かに大きさや形はよく似ていましたが、同じものじゃありません。私が見た子グマは、全身が茶色い毛で覆われていたんです」
 目の前のテディベアを撫でながら、私は続ける。
「わかりますか? 荒瀬さんが拾ったこちらのぬいぐるみは、顔の毛がそれ以外の部分より少しだけ白くて、ミッキーマウスみたいな富士額の模様があるでしょう?」
「確かに、そのとおりですね」
 ぬいぐるみに顔を近づけ、刑事はいった。
「荒瀬さんの拾ったぬいぐるみは、一般にはベリーマンベアと呼ばれているものです」
「あんた、ずいぶんと詳しいな」
 荒瀬の言葉に、私は小さく肩を上下させた。
「それには理由があるんです。そのことについては、もう少しあとで述べることにしますけど」
 私はテディベアから目を離し、皆を見渡した。
「とにかく、すべて荒瀬さんの早とちりだったんです。玄関に転がったクマのぬいぐるみを見て、荒瀬さんは亜弥ちゃんの犯行と決めつけてしまった。そのために、ややこしい事態となってしまったわけですね」
「……すまない、亜弥」
 荒瀬は頭の後ろを掻きながら、隣に座る彼女に頭を下げた。
「てっきりおまえの仕業だと思い込んだ俺は、気が動転しちまったんだ。店へ戻るとすぐに、おまえと連絡をとろうとしたが、電源を切っていたのか、ケータイはいっこうに繋がらない。おまえのことが気になって気になって……だけどどうすればいいかわからず、遥香ちゃんのところへ電話をかけてみることにした。おまえの知り合いといったら、彼女しか思いつかなかったからな。すぐに回線は繋がったが、応答したのは留守番電話だった。俺は慌ててメッセージを録音した。『櫻澤が殺されてる。犯人はたぶん亜弥だ。もしも彼女から連絡があったら、居場所を確認して、できることなら身柄を確保してほしい』ってな。このまま放っておいたら、自殺でもしちまうんじゃないかと心配でさ……」
「でも、留守番電話にメッセージを残したことを、あなたはすぐに後悔したんですね?」
 私の問いに、荒瀬は「ああ」と力なく答えた。
「俺がこのまま黙っていれば、遺体は一週間先まで見つからない。その期間を利用して、事件現場に偽の手がかりを残しておけば、亜弥が捕まることもないと思った。でもそうするためには、あんたの留守番電話に残したメッセージが邪魔だ。だから俺は、トラックを飛ばしてあんたのアパートまで行くと、部屋に忍び込んで録音データをすべて消去したんだよ」

つづく

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