見出し画像

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)134

最終章 カム・バック(7)

 スタンドの一部が、わっと盛り上がる。
「行けえっ! そのままぶっちぎれえっ!」
「ファイト!」
 にわかに活気づいたのは、私の後輩たちではなかった。他校の部員だ。
 四百メートルのターンを終えたところで、亮太のスピードは急激に落ちた。どうやら、キック力が弱まったらしい。それまでリズミカルだったストロークも、ぎこちなくなっている。あとを追いかけてきた二人に抜かれ、亮太は一気に三位まで順位を落としていた。
 まさかクランプを引き起こしたのではと焦ったが、そこまでのダメージは受けていないようだ。
「亡霊だ」
 スタンドの前列で、マネージャーの一人がそう呟くのが聞こえた。
「栗山先輩、また亡霊に苦しめられているんだよ」
 亮太が亡霊と戦う一方、スタンドではもうひとつの戦いが繰り広げられていた。
「栗山君が犯人でない証拠? どういうことですか?」
 水口刑事の表情が険しくなる。
「水口君。君が栗山君を疑い始めたきっかけはなんだい?」
 日向はそばに落ちていた空き缶を拾い上げると、それを灰皿代わりに煙草を吸い始めた。
「きっかけ? それはあなたも知っているでしょう? 栗山君の日焼けです。事件のあと、彼の身体は真っ赤に日焼けしていました。それでピンときたんですよ。栗山君は、湖を泳いだのではないかとね。事件当日は陽射しが強かった。栗山君は紫外線を浴びると、すぐに肌が赤くなる体質だったそうですから、十七分程度の短い時間でも、充分に日焼けするだろうと思ったんです」
 刑事は、鼻息を荒くしながら答えた。
「そう、確かに間瀬君は日焼けをしていた。だからこそ、犯人ではあり得ないんだよ」
「どういうことです?」
 刑事は、仁王のような形相で日向を睨みつける。
「まあまあ、そんな怖い顔をしないで。落ち着いて、これを見てもらえるかい?」
 日向は二枚のレポート用紙を取り出すと、水口刑事に手渡した。首を伸ばして、私も覗き込む。一枚は、五日前に私が日向に渡した《六月二十日の亮太の行動表》だった。
「オジサン、これって……」
「ああ。こちらは君が作ってくれた《栗山君の証言をもとに作られた事件当日の彼の行動表》。もう一枚は、《栗山君が犯人であると仮定した場合の彼の行動を推測した表》だ」
 最初の一枚は、暗記できるくらい何度も眺めていたので、私はもう一枚のほうに視線を落とした。

《栗山亮太が犯人であると仮定したときの彼の行動》

  ~PM3:00頃   美神湖で釣り
   3:00頃   レストランで食事
   3:30頃   レストランを出る
         森を通って櫻澤邸へ
   4:30前    櫻澤邸内へ侵入
         地下室で待機
   4:30過ぎ  スーパー従業員が帰ったのを見計らい、櫻澤を殺害
   4:33       美神湖へ飛び込む
   4:50       遊泳場まで泳ぎ、そこで管理人と出会う
   5:05       ゴンドラに乗車

「この前、美神湖へ出かけたときに気がついたことなんだけどね――」
 その場にいた全員が二枚のレポート用紙に目を通したことを確認すると、日向はしゃべり始めた。
「釣り客がこんなことをいっていたんだ。『このあたりは、四時を過ぎると山の影に入っちまうから、涼しくて過ごしやすい』って」
 日向がなにをいおうとしているのか、私は瞬時に理解した。

つづく

いいなと思ったら応援しよう!