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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)132
最終章 カム・バック(5)
2(承前)
「亮太が一年半もの間、俺たちを騙していたと刑事さんはいうんすか?」
「だって現に今、彼は普通に泳いでるじゃありませんか」
プールを指し示したあと、彼は私たちの顔を順番に眺め、ふんと鼻を鳴らした。
「私はこう考えています。事件当日の午後三時半、レストランを出た栗山君は森の中を通って、櫻澤さんの屋敷へ向かいました。わざわざ人目を避けて森を通り抜けたということは、最初から櫻澤さんを殺すつもりだったんでしょうね」
今にも殴りかかりそうな勢いで立ち上がった幹成を押しとどめ、私は「どうぞ続けてください」と刑事にいう。
「栗山君は、屋敷内へこっそりと忍び込んだ。人間嫌いの櫻澤さんが、まさか他人を招き入れるはずがありませんからね。地下室に隠れて、彼はじっと息をひそめていたんでしょう」
刑事は顎を撫で、さらに言葉を継いだ。
「栗山君は、午後四時半にスーパーの従業員――荒瀬さんがやって来ることを知っていたに違いありません。荒瀬さんが立ち去るのを辛抱強く待ち、そのあとで大きな物音でも立てたんじゃないでしょうか。一体何事かと、櫻澤さんが地下室にやって来る。階段の途中で待ち伏せして、栗山君は櫻澤さんを突き落としたんです。犯行後、彼は人目につかないように湖を泳いで遊泳場まで戻ってきました」
刑事はそこでいったん話をやめ、「なにか疑問点はありますか?」と全員の顔を見回した。
「亮太の服はどうなったんだ?」
幹成がぶっきらぼうに尋ねる。もう敬語ではなかった。
「あんたの推理だと、亮太は泳いで湖を渡ったわけだろう? だとしたら、脱いだ服はどこへ行った?」
私が以前、日向に投げかけた質問と同じだった。日向はその質問に、ふたつの答えを用意していた。
その一、櫻澤邸のどこか、あるいは湖の中へ服を捨てる。
だが、たび重なる捜査にも拘わらず、いまだにそれらしきものが発見されたという情報はない。この答えには、あまり信憑性がなかった。
その二、亮太は最初から水着一枚で行動していた。
《わんぱく村》には水着姿で歩いている人たちが大勢いたから、ちょっと考えただけなら可能に思えるかもしれない。だが裸のままで森の中を歩けば、どうしたって腕や脚にひっかき傷が残る。亮太にそれらしき痕はなかった。故に、彼は犯人ではない。昨夜の亮太との電話で、私はそう確信したのである。
「そこが重要なんです」
水口刑事は幹成の質問を聞くなり、意味ありげな笑みを浮かべた。
「栗山君は衣服をどこへ脱ぎ捨てたのか? そしてもうひとつ、彼はどうして荒瀬さんの訪れたあとを狙って、犯行に及んだのか? これらふたつの疑問に対する解答は、同時にある重要な人物を指し示しています」
つづく