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様々な事情で世に出ることのなかった作品たちをご紹介。
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2022年8月の記事一覧

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)82

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)82

第5章 運命の夏(19)3(承前)

「砂煙を思いきりまき上げやがって。あのくそ爺いには、ホントむかつくな」
 釣り客の声が耳に届いた。
「あれってベンツだろ? まったく、いいご身分だぜ」
「いいよなあ、金持ちは」
 櫻澤の話であることは間違いない。彼は、今日もどこかへ外出していたのだろうか。一体、どこへ? 頭の中を、様々な思いが駆け巡る。
 結局、釣り客の列は、鉄門の手前までびっしりと隙間なく続

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)81

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)81

第5章 運命の夏(18)3(承前)

 計画どおり、スポーツ店に入る。小さい店だったので、気に入った水着はまるでなかった。置いてある商品は、ほとんどがレジャー用の派手なものばかりだ。長年競泳用を身につけてきた私は、こういったタイプの水着をどうしても気恥ずかしく感じてしまう。時間もあまりなかったので、適当なところで妥協して、結局平凡なストライプ柄の競泳用水着を購入した。
「今日は美神湖で、水泳の大会

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)80

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)80

第5章 運命の夏(17)3(承前)

 わかった。
 笑って荒瀬に手を振り返したものの、私の心は巨大な不安に包まれていく。
 鬼の形相。憎悪に満ちた禍々しい視線。荒瀬と同じ表情を浮かべたもう一人の人物は、亮太だった。亮太に匹敵する激しい憎悪を、荒瀬も抱いているというのだろうか。
 私はどうしても、櫻澤に会わなければならなかった。荒瀬と亜弥の奇妙な態度が、櫻澤に対する興味を異常に駆り立てていく。
 

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)79

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)79

第5章 運命の夏(16)3(承前)

「気性の激しいお爺さんだってことはわかってます。昨日、店の前で顔を合わせた──豊田さんでしたっけ? あの人は、骨折までしたんでしょ?」
「ああ。あれは櫻澤のせいというかなんというか……」
 荒瀬は含み笑いを見せた。
「俺が風邪をひいちまったもんだから、ピンチヒッターで豊田さんが配達に出かけたときの話なんだ。『今日は都合が悪くなったから、また明日配達に来てくれ』

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)78

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)78

第5章 運命の夏(15)3(承前)

 亜弥の突然の変化に戸惑った私は、助けを求めて荒瀬を見上げた。だが驚いたことに、荒瀬の様子までもがおかしい。なにかにとり憑かれたような表情で、じっと亜弥の顔を見つめている。
「ごめん。私、なんか悪いこと……」
「なんでもない。あんたは気にしなくていいよ」
 荒瀬は激しくかぶりを振った。その気迫に押され、私はそれ以上なにもいえなくなってしまった。
「……あたし、

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)77

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)77

第5章 運命の夏(14)3(承前)

「あいつ、ものすごいスケコマシだっていうじゃない」
「そうですよ」
 あっけらかんとした答えが返ってくる。
「べつに結婚を考えているわけじゃないんだから、必ずしも一対一の関係にこだわる必要なんてないと思うんです。あたしたちが荒瀬さんに活力を与えて、それで《ユーラシアン》がビッグになってくれたなら、それに勝る喜びはないでしょ?」
「そのうち、あっさり捨てられちゃ

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)76

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)76

第5章 運命の夏(13)3

 翌朝の私の目覚めは、あまりいいものではなかった。
 ひどく恐ろしい夢を見たような気がする。しかしその内容は、いくら考えても思い出すことができなかった。
 顔を洗って気分をすっきりさせようとしたが、心を覆う混沌とした霧はなかなか晴れてくれそうにない。
 どこか遠くへ行こう。
 私はそう考えた。外出すれば、少しは気が紛れるかもしれない。
 はっきりとした目的地は決めずに

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)75

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)75

第5章 運命の夏(12)2(承前)

「おい。まだ、こんなところにいたのか。早く行かないとどやされるぞ」
 店から出てきた長身の男が、荒瀬を怒鳴った。荒瀬と同じ作業服を着ている。彼も、ここの従業員なのだろう。
「あれ? 誰だよ、この子?」
 私の顔を見るなり、長身の男は眉間にしわを寄せ、
「まったく、おまえって奴は」
 いきなり荒瀬の頭をぽかりと殴った。
「おまえの女癖の悪さには、ほとほと呆れるよ

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)74

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)74

第5章 運命の夏(11)2(承前)

「これから、櫻沢邸へ配達に出かけるんですか?」
「ああ。毎週土曜日の午後七時に来い。一分でも遅れるな、といわれてるんだ。あの爺さん、やたらと時間にうるさくてさ。相当な変わり者だよ。毎日のスケジュールを分刻みで立てて、その予定が少しでも狂ったらカンカンなんだ。そんなわけで、急がなくちゃならない」
 荒瀬は身体の前に段ボール箱を積み上げると、頼りない足取りで店の外

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)73

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)73

第5章 運命の夏(10)2(承前)

 さて、これからどうしよう?
 櫻澤邸へ押しかけることも考えたが、行き当たりばったりで動いたところで、追い返されるのは目に見えている。
 山を下り、美神駅へ立ち寄ることにした。馬鹿でかい外車の三台隣にバイクを停め、時刻表を確認する。ここも大勢の人であふれかえっていた。
 最終電車の発車時刻までには、まだかなりの余裕があった。これなら亮太が、うっかりして家に戻れ

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)72

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)72

第5章 運命の夏(9)2(承前)

 時速八十キロ以上を保ちながら、国道を北上する。三十分ほどで、大学前を通過した。スピードを緩めることなく、さらに北へと向かう。
 一時間近く走り続けた頃だろうか、不意に亮太が声をかけてきた。
「先輩、もうすぐ美神町ですよね?」
「うん、そうだけど……」
 私は言葉を濁す。亮太がなぜ北へ走ろうと答えたのか、もっと早くに気がつくべきだった。
「うちの別荘に寄ってくれ

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)71

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)71

第5章 運命の夏(8)2(承前)

「あいつさえいなければ、俺はこの苦しみから解放されるのに……。あいつさえいなければ、昔みたいに泳げるようになるのに……」
 そう口にする表情は、ひどく険悪なものに変わっていた。まるで、理性を失った邪鬼のようだ。
「櫻澤が憎い……」
「亮太、大丈夫?」
 声をかけると、憑きものでも落ちたように、彼の表情はもとに戻った。
「亮太、もしかしてなにかあったの? またいや

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)70

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)70

第5章 運命の夏(7)2(承前)

「あと二週間だね」
 練習のあと、私は亮太と二人きりでハンバーガーショップへ立ち寄った。亮太はうつむいたまま、黙ってコーラを飲み続けている。
「……ごめんなさい。先輩を助けられませんでした」
 長い沈黙のあとで、ようやく彼は口を開いた。
「なんのこと?」
「スタート直前に、幹成が囁いたんです。ここは湖だ。四百メートル先で、椎名先輩が溺れている。そう思って泳いでみ

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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)69

自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)69

第5章 運命の夏(6)2(承前)

「無理だよ」
 亮太は立ち上がると、肩を小さく上下に動かした。
「おまえには勝てないって」
 見ていて歯がゆくなるような、情けない笑みを浮かべる。
「そんなの、やってみなくちゃわからないだろう?」
「やらなくたってわかるさ。五十メートルも泳がないうちに、俺はこむらがえりを起こしてリタイア。たぶん、そんなところだろうな」
「俺と勝負する気はないのか?」
「悪いけど

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