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随筆・日記
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2024年2月の記事一覧

【朔 #38】私信、Σ

【朔 #38】私信、Σ

 私信、Σ。総和の一個になろうと思います。どこまでも青鷺。今、どこまで翔べるか、わかりませんけれど。
 歯列のずれが舌の力で治ると言いやがった藪医者を変えようかどうか。噛み合わない歯が不愉快極まりない。保険云々も明るくないし、乃至、適切な処置ができる医者を見極める術もない。いっそ、鳥なら良かったのに。
 歯、歯、母、葉。
 食事のたびにカツンとおかしなところに当たる。舌が歯列を押し戻そうとするたび

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【朔 #37】溶解しがたい卵が並んでいて奇岩の崩落

【朔 #37】溶解しがたい卵が並んでいて奇岩の崩落

 梅に訊いてみたいことがある。
 紅白の遅速。
 傀儡の軋む音、歯のずれる音、
 櫂を畳む音、……。
 今の私(出し抜けに、本人が出てくる)に詩が書けるのかしら(霾るやぞろりと黒き波頭/小川軽舟)。スペインからの嵐がスペインへ帰る用意を始めている。カタルーニャ。そこには、溶解しがたい卵が並んでいて奇岩の崩落。あらゆる表現が今、生への呪いと歯の不安につながる。
 ダリ(Dali)!
 脳の下底に台車

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【朔 #36】囀の果樹よ

【朔 #36】囀の果樹よ

 高校生以来の『古事記』再読は蝸牛(蝸牛やごはん残さず人殺めず/小川軽舟)のような速度。それがいい。いちいち、文字単位で引っかかりながら感嘆するなんて、もう、そうそうない。早くも、葉月を待つ心が、ある。
 舌を挿し込まれて、
 虫鳥の淫らさに花が咲く。
 船戸神(もう、ここから先に来るな──)。
 木を接ぎ、骨を接ぎ、河童の皿を洗ってゆく。墓洗ふ、髪洗ふ、眼を洗ふ。雪下、囀の果樹よ。何モ言フコトハ

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【朔 #35】穂積臣等の祖

【朔 #35】穂積臣等の祖

 穂積臣等の祖。
 ほづみのおみらのおや。
 つまりは、Thatcher(屋根葺き職人、藁を葺く)。
 歯がどんどん歪み、雨(鬱々と地に錨あり春の雨/髙柳克弘)は長い。阿禮比賣の弟(いろと)の名は蠅伊呂杼といふ。それだけが今日の収穫。歯の不安を瞬時に解消するために、というなら、金持ちの価値を認めてやってもいい。
 日記のような、随筆のような、朔シリーズが結局一番、把、他、市、の散文感覚を狂わせてい

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【朔 #34】なんですか、あの不気味な京都

【朔 #34】なんですか、あの不気味な京都

 チェンソーに遅れていて、暮れていて、あっ、お水一杯ください。
 チェンソーと水族館の往復に、腸、詩、が幻視したものについてのお尋ねでしたよね。そこに魔女とメイドの物語も混入してくるのですが、ここは割愛させていただきます。チェンソーは悪魔をバラバラにする前に、己がバラバラになっていたのが驚きましたね。だって、木下闇。振り返る前に、見返されている視線にどれだけの蝶が群れていることやら。散りばめられた

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【朔 #33】飲食を「おんじき」と読むやつは余程アオスジアゲハだけれども

【朔 #33】飲食を「おんじき」と読むやつは余程アオスジアゲハだけれども

 蝶なき、
 蝶の園。
 蝶なき、
 蝶の園。そのまま、
 涸れてしまえ、……。
 満腹が幸福である、と単純に言えなくなったこの頃は魂が腐っている。濁っている。飯蛸が頭を離れず、殆ど空中水族館。夢寐。バラバラと、風船が空に放たれる(水着なんだか下着なんだか平和なんだか/加藤静夫)、死に体の春なんだから、水を一杯いただいてもいいですか。素肌を、恥じて。
 皿を舐めている。
 なにが、沽券だ。古いカメ

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【朔 #32】読点分の息で生きてゆく

【朔 #32】読点分の息で生きてゆく

 西区あたりの、ニュータウンというのか、画一的な規格の団地群に、軟らかな懐かしさよりも硬質な美を感じる。否、そんな飾り立てた言葉も要らない。生活の、淡々とした生活の灯を見つめていたい気がする、只管。
 一方通行、
 一方通行、
 どこもかしこも一方通行。
 一方通行!
 寛永通宝、の頃から、
 一方通行、……。
 雨の降る、家電量販店の駐車場で、
 あなたは未来のわが子を抱くのでしょう。
 アング

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【朔 #31】アングル(Ingres)狂い

【朔 #31】アングル(Ingres)狂い

 アングル(Ingres)狂いが再発してきて、そんな時に新潮美術文庫で見返すのは「グランド・オダリスク」ではなく「アンジェリカを救い出すルッジェーロ」であった。
 あの奇妙(ビザール、bizarre)な首の湾曲、翼の裏に萎えるように伸びているルッジェーロの脚、岩に無数の顔を幻視して、我が歯の不安が槍の差し込まれる怪獣の歯に鈍く映る、移る。
 見えないか、
 見よ、
 アンジェリカのしどけなくも緊張

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【朔 #30】雨中の囀の摺足の厨子

【朔 #30】雨中の囀の摺足の厨子

 三十回目を前にして、沈黙(mute)したこの随筆or日記について先ずご説明しなければなりません。
 二月初旬、歯を痛めまして、歯列がずれてしまいました。今も、係る不具合が生じ続けているのですが、一番の問題はずれた歯が舌を圧迫して、滑舌が悪くなったことです。滑舌が悪くなる、発音が不明瞭になるだけならまだ良いのですが、その無意識の発語の営為が妨げられ、自意識過剰、喉や口周りの筋肉の緊張につながり、吃

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【朔 #29】セッカ(雪加、雪下)とは金属的咽喉を有つわかくさの妻

【朔 #29】セッカ(雪加、雪下)とは金属的咽喉を有つわかくさの妻

 四つの季語をまとめていて、大変に疲れる。
 今、欲しいのは吉増剛造『花火の家の入口で』。
 かじりついて、にじりよって、レンズの罅は気にするな、……。
 蘂ではなく橤という漢字。そんな感じ。
 雀が低木に群れていて、遠くからでも聞こえるほどに囀が喧しく、にじりよって、にじりよって、一樹に何羽いるのやら。ある近さまで行くと、ピタッと鳴き止んだ。こちらも歩みを止める。三秒ほどして、近くの桜に一斉に雀

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【朔 #28】雨の日は部屋の明かりを消して、灰色の窓を感じている

【朔 #28】雨の日は部屋の明かりを消して、灰色の窓を感じている

 春雨。所によっては春雪なのだそうな。
 昔から雨の日が好きだった。雨の日は部屋の明かりを消して、灰色の窓を感じているのが何よりも幸福である。この気持ちはなかなか他には理解されなかったが、最近、かつて日本人が障子に抱いていた気持ちと似ているのではないかと思い始めた。障子は本来一年中嵌めておくものではない。冬場、採光しつつもいくらか冷気を防ぎ熱を逃さない目的で立てるものだ。逆に夏は葭戸を立てて、通気

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【朔 #27】一篇から始まる今年の、和、多、詩、の旅なのです

【朔 #27】一篇から始まる今年の、和、多、詩、の旅なのです

 雑事に追われ、鬼やらい、神逐らひ逐らひき。
 一気に二十句を用意しなければならなくなって、その果てにあるのは別に長き道なのね(藤田湘子第一句集『途上』)。
 し、び、痺れ、鰭、し、死、日、鮪(シビ)──。
 春の緩みの中に、スペインから疾風の予感があり、今頃はアジアを通過しつつある。
 一篇の詩をたまはりて、さちさちの鏡に気づいてきていた。ともかく(友角)、一篇から始まる今年の、和、多、詩、の旅

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【朔 #26】黥ける利目

【朔 #26】黥ける利目

 密かな楽しみに、外出する前に何かを「置く」というものがある。これは、設置するとか、放置するとか、時には作動させると言い換えても良い。
 例えば、砂時計。五分(不正確な五分だが自室の時間を定めるには絶対的)しか測れない小さなそれをひっくり返し、家を出る。そうすると、駅に着かないうちに砂は落ちきるだろう。それを、話、多、梓、は見ない。ただ、その最後の一粒を思うのみだ。
 あるいは、ノオト。過去に製作

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