帛門臣昂(きぬかど おみたか)@kinukadoomitaka

分母、詩。「現代詩手帖」「日本現代詩人会」「詩と思想」などで入選佳作多数。 散文の発表場所を求めてここへ。かなり雑多に記事を書いています。 ✉️ご依頼・ご相談はkinukadoomitaka(a)gmail.comへ

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【随時更新】自己紹介

帛門臣昂 詩人 ✉️ご依頼・ご相談は kinukadoomitaka@gmail.comへ ●活動・詩誌投稿 ・ネプリ個人詩誌「卵」を発行(終刊) ・「詩季句会」主宰 ・詩のアンソロジー『Poetic Parade』(発行人=原島里枝、帆場蔵人)に「窪、夢の野の、の、の」を寄稿 ・歌誌『帆 han』(主宰・中田満帆)初号に「たましひなりき(十五首)」、第二号に「鉄条網(二十首)」、第三号に「光れ、そのまま(二十首)」を寄稿 ・文学フリマ大阪11にて新作『九羅夏』を配布 ・小

    • 【朔 #236】「引きずって」が「曳きずって」じゃなくて良かった

       束の間の自由読書で、小笠原鳥類『素晴らしい海岸生物の観察』(思潮社、二〇〇四年)の詩篇「私達、人を引きずって歩いている」が気に入って、というか感動して、颪が強まってきたホームのベンチで何度も読んでいた。「おもしろい!」となるかと思いきや、感動している自分が不思議だった。なんだか、かなしいような詩で、でも、「引きずって」が「曳きずって」じゃなくて良かった。かなしい、とはすぐ腐る形容詞で、一等、佳い……。  ダム湖に行くか、運河に行くか迷っていると、  虎がわらわら躍り出てくる

      • 【告知】文フリの御礼と詩誌「Poetiluca vol.1」の通販について

         12/1(日)文学フリマ東京39の参加者の皆様、お疲れ様でした。また、「かわかみ書房」の店番にあたられた河上類さん、詩誌「Poetiluca vol.1」をご購入いただいた皆様に感謝申し上げます。  文フリに行けなかったけれど購入したいという方にご案内です。既にBOOTHにおいて通販ページができています。書籍代と送料370円がかかりますが、ご検討ください。

        • 【朔 #235】二十一日間だけ同い年

           愛子内親王殿下(と言っておかないとなんだか落ち着かないから言うだけなので、そう身構えないでください、と予防線を張らないといけないのが面倒くさいが)のお誕生日らしく、二十三歳になられたらしい。えっ、そんなに年近かったっけ、となるし、二十一日間だけ同い年ってことか、ともなる。私が中学生の頃だったか、見るからに窶れた姿をカメラに晒されている時期があって、心配していたものだった。今では考えられない。         今では考えられないものの一つに雲梯があって、いまや、ぶら下がる為に

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        • 北村太郎ノオト
          0本
        • 236本
        • 夢シリーズ
          18本
        • 日記から漏れる海
          3本
        • 随筆
          9本
        • 怪談と恐怖小説
          5本

        記事

          【朔 #234】北村太郎ノオト

           脱稿を脱稿のままにせず、永遠の起稿にもってゆく。  わが二十二歳の、多、輪、夢、零、として『北村太郎ノオト』を始める。思えば、これまで一年ごとに深掘りする詩人が現れた。吉原幸子、吉増剛造、榎本櫻湖、と来て、これからの一年は北村太郎だ。「死の死」、そのために北村太郎の「死」について見ていくことになる。  咳止めの効果や如何。

          【告知】文学フリマ東京39のこと(詩誌『Poetiluca』への寄稿)

           12/1(日) 文学フリマ東京39。  当日会場には伺えませんが、河上類さん編集・発行の詩誌『Poetiluca』に寄稿いたしました。  “「書く=搔く」ことの快楽について”と題して、この時代に手書きで詩作することについて拙いながら書いています。 会場にお越しの方は 📚ブースA-15  かわかみ書房📚 を覗いてみてください!  Xはこちら↓

          【告知】文学フリマ東京39のこと(詩誌『Poetiluca』への寄稿)

          【朔 #233】海鼠の疣と大山椒魚の疣の政治性

           門、門、門、閂、門、門、門。  思惟、の滴りに似た真鯉か真鶴。着脱式冠婚葬祭は延期して、フライドポテトで満腹になるべう、べく、べかり、けり蹴りあげて連用形終止、鐘を換金してきた尼僧は悍ましい空を仰ぐ、蟻に蛍。しかも、喉元に当てられた鋒が血を細く垂れ流す、わかるか、喉じゃねえよ。おい、軽くなってんぞ。河岸段丘を止揚して冬でも大霞の中、陸上競技に勤しむ磯鴫か加熱する擦傷? 俺も一個のAIと絡み合った小蝦と鰓に引っかかってしまう藻を退行しつつ最初の叫ぶ名前には島影の厳しい十二月の

          【朔 #233】海鼠の疣と大山椒魚の疣の政治性

          【朔 #232】現実では本名を知らない

           今朝の夢。  師と他数人とで吟行。海が近くにあるなあ、と直感する寂れた商店街。ペットショップがあって、その内観だけが現代的かつ清潔で明るい。入店してみると(私はペットショップが大嫌いだ)、そこは畳で言えば二十枚(わかりにくいか)ほどの広さで、商品を並べるような棚はなく隅にキャットタワーが置かれているだけで、二面の壁を埋める三段のガラスケースには何も入っていない(入れられていない)。がらんとした店内を一周すると、なんだかコインランドリーに居る気分になった。煌々と電光が降ってく

          【朔 #232】現実では本名を知らない

          【朔 #231】舌が捻れる音

           耳元で、舌が捻れる音。  またしても円形闘技場。  寒い区役所から逃げた。  不安の形象を振り払え。(ない。)

          【朔 #230】余計

           北村太郎を読むときは、身の回りに雪が降っていると錯覚するほど静かな夜が相応しい。  朝顔の種の、  固い黒の、奥、  瑞々しい葉が生まれたての犬のようになっている、  のを、  見てみたくて、どうしても見てみたくて、  カッターの刃をひとつ折り、  押し当てたのだ(どこに?どこに?どこに???????)。  足の裏で鉄錆が育つのをセイレーンは知っていた。丸みを帯びたウイスキーボトルを抱えて私は眠る。一生の京蕪。酔いを知るのは嬉しいことだ。トーストが二枚とも飛び出してくるみた

          【朔 #229】海鼠

           海鼠の尻とも口ともわからぬとにかく端を切ってみて人とも魚とも齧歯類ともわからぬ歯が出てくる魚にも歯がある意味には明日がないみたいだ水の層に眼を乗せて鯉が迫ってきた夜明け前サスティナブル権現が傾いて前傾全景全系回路と歌舞伎と海鼠の腸を取るためには先ず腹に見立てた箇所を切り開けば良くその時になにかが漏れてくるかもしれないが捨てることそれは未消化のデトリタス死体の死体と言ったところか砂とともに掻き集めるのか否か砂になるのは岩石である或は骨格である国家に私は不要かもしれないが時々こ

          【朔 #228】二十年後って

           これは私の単なる無粋な妄想なのだが、彼岸で谷川俊太郎がはにかみながら吉原幸子と再会して、そこに北村太郎も加わって、死というものの実際を語り合っている気がするのである。語っているうちに、みんな笑って、車椅子は要らない、渇いた眼は潤い、猫がたくさん寄ってくる。繰り返す、これは私の妄想である。  だけど、木菟。予言者めくなあ。  全ては脳内の、一音だけの音楽だった。  先日、表彰式後の懇親会で奇跡的に同い年の俳人が二人いて、もう一人ひとつ上の俳人もいて、彼らに尋ねた。「二十年後っ

          【詩】帛門臣昂「約束」

          あるいは約束とは 塩壺の無音なのかもしれなかった どこか(川、涸川……)から 風が運んできた孤独は 壁にぶちあたった だから 窓は曇っている 髪を切ってください 空白という名の父でした 台所の日本語に 明日(蘆、多……鴉、舌……)を教えてもらった 嬉しい頬とかさ 花の隣の宇宙とかさ   朝 体温計を抱えた雲が澄む どんなものなのですか 死は

          【朔 #227】梢が喜んでいる

           球体関節、  着脱式冠婚葬祭。  柚子(モドキ?)の、口がクタクタになっていて、スマホの画面がうまく反応してくれないわ。白熊と金屏風はあからさまなデペイズマンだけれども、十一月の海で逢う、捨案山子、嗅がしですよ、夜々(はらわたの煮えくりかへる栄螺かな/小川軽舟)。明日葉、明日菜、寛永通宝!  着脱式冠婚葬祭。  憂国忌より先に誕生日が来て、  私は二十二年の楠らしい。  梢が喜んでいる。

          【朔 #226】太陽の片言は真っ先に私に献上されてしかるべき

           表彰式(詩ではない)に出席するため、初めてJRで奈良に行く。近鉄よりも畑や谷を通過する時間が長く、ほのぼのとした車中。  思えば、自分の何かしらの作品が正賞を受賞したことってあまりなかった気がする。スポーツもやっていないので、勝敗とか順位とかに左右されずにやってこれたが、批評の目に晒されてこなかったのだとも言える。  とんでもない人達から「あれは良かった、凄かった」と言われると夢かと思う。そこに有頂天にさせない、冷たい時雨がサッと通る。でも、忙しいので、雨は一旦忘れて、ひと

          【朔 #226】太陽の片言は真っ先に私に献上されてしかるべき

          【朔 #225】手を洗って

           かつて、「手洗い」という詩を書いた。個人詩誌『卵』の何号だったか、まあ、三年前の作品で、詩を書いた後には手を洗う、という習慣を書いたのだ。  私は生活の中で頻繁に手を洗う。それは別に感染症予防でもなんでもなく、単に潔癖症なのだ。例えば、本を読んでいて目が痒くなったら、手を洗ってから目を擦る。食パンを袋から取り出すときには手を洗って、よく拭いて(これも清潔な紙であることが望ましい)、パンを取り出して焼いて、皿に載せたらまた手を洗って、食べて、また手を洗う。洗濯物を畳んだら手を