【建築とパンクと世紀末】 ウィーンとアドルフ・ロース。
2015年の夏、ウィーンを訪れた。
かのハプスブルク家の帝都であったウィーンの街を一言で表現すれば、
「超威圧的」
なのである。
ゴテゴテの巨大バロック建築群に囲まれ、街自体のスケール感もただただデカい。
そして、かの「ウィーン世紀末(ミレニアム期)」には、
音楽家グスタフ・マーラー、批評家カール・クラウス、美術家エゴン・シーレ、音楽家シェーンベルク、美術家クリムト、建築家ヨーゼフ・ホフマン、建築家オットー・ワーグナー、さらには精神分析医ジグムント・フロイト、そしてアドルフ・ヒトラーまで、、、
百花繚乱の文化芸術政治が紊乱するヨーロッパの中心都市であった。
その最中に居たのが、チェコ(当時はオーストリア=ハンガリー帝国の領土モラヴィア)はブルノ出身の建築家、アドルフ・ロースであった。
チェコの建築批評家カレル・タイゲは、1918年の民族自決の運動を経てスロバキアとくっついて独立した当時の新興国であるチェコ(スロヴァキア)の近代建築史を新たに編纂し、その中でブルノ出身のアドルフ・ロースを「チェコの近代建築史の始祖」と定義づけた。
「歴史」とは、実際に起きたことを真っ直ぐ時系列に並べることではなく、ある一つの歴史観を紡ぎ出すために、無数の星の中からある星と星を選別して星座をつくるようなものである。
さて、
片田舎のブルノからアメリカに渡り、そこから「帝都ウィーンに殴り込み」をかけたアドルフ・ロースは、当時イケイケだった「ウィーン分離派」をコテンパンに批判した。
ロースの有名なエッセイ『装飾と犯罪』であるが、これは単なる装飾批判ではなく、産業革命以降に発生した「本質的ではない、大量生産型の表層的なお飾り」を批判したもので、ロース自身は職人の熟練の技を評価する側に立っており、「建築の真実性」を擁護する立場にいた。
これを意訳すると、現代の表層的な「素材風味」の建材をペタペタ張り巡らしたハウスメーカーの住宅や、安普請の駅前の鉄骨高層コンプレックス・タワー・ビルの表層を飾り立てるだけの役割を担う現代日本の「建築家様」へと、その批判は生き続けている。
その文化芸術が沸き立つウィーンの街でロースが仕掛けた「建築テロ」が、かの「ロース・ハウス」である。
当時のウィーンのメディアから「スキャンダラス」と評され、市の建築当局から設計変更や建築許可取り消しを迫られた「大問題作」であるが、
実はこの建築は「ウィーンの街の中で実際に体験しないと分からない」代物なのである。
写真を見る限り、現代の目からは「いたって普通」の建物に見えるのだが、スーパー・ゴテゴテでスーパー威圧的なウィーンのバロック建築群をかき分けて、この街のど真ん中に立って現物の建築を見ると、そこだけが「空白」、あたかも真昼間の大都市に「のっぺらぼう」が出現したような異様な異物感があるのだ。
何しろ、王宮の真ん前と言う場所、ハプスブルク帝国の歴史という「世界の権威の中心」に、
「装飾という抑圧装置」を一切拒絶した「パンク・ロック」が登場したようなものである。
退廃の極みにあった大英帝国にセックス・ピストルズが登場する65年前のお話である。
例えるならば、
大英帝国の1970年代を席捲していた「装飾の極み」である「プログレッシブ・ロック」から装飾を剥ぎ取り、長髪をぶった切って、「ロックンロール」に回帰したパンク・ロッカーが、ウィーンにおけるアドルフ・ロースなのである。
その、徹底的にアンチ権威なアティテュードは彼の著述群に多数残されており、ロースの「パンク」っぷりはまだまだこれから再評価されて然るべきと考える。
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さて、
アドルフ・ロースの「ロースハウス」と「アメリカンバー」を観て、「ウィーン分離派会館」観て、
ウィーンの城壁を取り壊してつくった環状線である「リング・シュトラーゼ」内のコテコテぶりに疲れてきて、さてそろそろ呑もうかという私の目の前に現れたのが巨大市場通りであった。
「ナッシュマルクト」である。
やっと、この街の人間スケールの生々しい賑わいを発見したのである。
「やっとこの街の芯を食った」確信に満ちた私は一軒のオープンエアのカフェを今日の河岸とした。
仕事帰りのOLさん。
地元の地味カップル。
調子のいいマッチョ・ゲイ店員。
そして青い空と緑と初夏のヨーロッパの気持ちいい風、、、
さっき会ったばかりのマッチョ・ゲイ店員が近づきざまに
「人生は美しい、ハードだけどね、、、でも美しい!」
と何故か私に訴えてくる。
ウィーンについてから、この地点まで2時間半。
いきなり向こうから手招きしてきされて、
やっと私は「等身大のウィーンと邂逅した」のである。
FIN.
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