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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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#土木

第73話 「働き方改悪」VS鍋元さん

第73話 「働き方改悪」VS鍋元さん

「働き方改革じゃなくて、働き方改悪だろ! 政治家とか官僚とかって馬鹿じゃねえか!」

「ねえ、大丈夫?」
鍋元洋司は、朝起きていきなり、妻の鍋元衣子から心配そうに声を掛けられた。
「寝言で得体の知れない文句を言っていたわよ。政治家とかって何?
 変なことに巻き込まれてない?」

衣子は怪訝そうな顔をしている。

「大丈夫だよ。何でもない」
「ねえ、本当のことを言ってよ。この工事はすごいお金が動いて

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第72話 圧接の喜久子さん

第72話 圧接の喜久子さん

「私達の仕事は1にする仕事なんだよね。

大きな地震が来ても壊れないようにするために、今回は梁の部分を圧接(あっせつ)でつなげるの。
そうすれば、2本の鉄筋が一体化されて、長い1本の鉄筋になる。

でも、もしも一体化されてなくて、ばらばらに近い状態だったら、どうなると思う?」

圧接作業を手掛ける建設会社で社長を務める松村喜久子は、吉川蓮にこう問い掛けた。

吉川は入ったばかりの新人。困った顔をし

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第64話 ジエンドの久保専務

第64話 ジエンドの久保専務

ああ、俺の人生終わった…。

ゆっくりと目を開く。顔の前面にはエアバッグが広がっている。フロントガラスが派手に割れている。
頭が痛い。顔の右側で血が滴り落ちている。どこが切れているのかは分からない。

「大丈夫ですか!」

ドアの外から人の声が聞こえる。
シートベルトを外して、ドアを開けて、外に出て…。
やるべき事はうっすら思い至るのだが、体が動かない。

ああ…、痛い。苦しい…。

力が抜けてい

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第63話 待ちの田辺さん

第63話 待ちの田辺さん

「申し訳ございません!!

うちの専務が交通事故を起こしました。救急車で病院に搬送されています。

容態は分かりませんが、自分から電話を掛けてきたので、命に別状はないと思いますが…。
田辺さんにだけは連絡してくれと、お詫びを伝えてくれと、そう申しておりましたので電話しました」

この街の復興事業を一体的に手掛けているコーポレーティッド・ジョイントベンチャー、いわゆる「CJV」の事務所に、下請け企業

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ゲンバノミライ(仮)第45話 新人の海斗君

ゲンバノミライ(仮)第45話 新人の海斗君

「そろそろ始まります」
鳶・土工会社の新入社員である西野海斗は、この日のために新調したネクタイをきゅっと締め直した。スーツも新しいものを買いそろえた。作業服の時以外はビシッといこう。各地の同期と話して、そう決めたのだ。

画面越しに、あの災害からの復興街づくりが進む自治体で首長を務める柳本統義が映った。

復興街づくりを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)に関係するすべての

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ゲンバノミライ(仮)第43話 ファインの大橋さん

ゲンバノミライ(仮)第43話 ファインの大橋さん

草木が生い茂った中で、リュックを背負ってゆっくりと上がっていく。現地に行くという基本は不変。

だが、肉体労働が待っている訳ではない。刻々と上がってくるデータと、現地に立った時の第一印象を基に、設計者に渡す基礎資料を作成する。これは究極のリモートワークだと思っている。

大橋亮は、建設工事の計画地に行って現地を測量して3Dデータ化し、計画用途を踏まえつつ、大まかなイメージ案を作る会社に勤務している

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ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

頼まれたらすぐに持って行く。終わったら回収して、手入れをして、いつでも再出動できるようスタンバイする。シンプルだが、求められているのはそういうこと。ニーズを間違いなく受け止めることが何より大事。

企業向け資機材レンタルサービス会社で働く清水豊は、入社以来、そう教わってきた。伝票形式だった在庫管理を電子化して、稼働履歴を担当者間で容易に共有できるようシステムを構築したのは、顧客対応のスピードと正確

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ゲンバノミライ(仮)第34話 地盤改良の康平君

ゲンバノミライ(仮)第34話 地盤改良の康平君

支えたいのはあなたの未来
強固な地面をつくっています!
CJV 地盤改良&杭打ちチーム一同

復興街づくりの中央エリアのゲート近くにポスターが張り出された。
地盤改良の専門工事会社の一員として、復興の工事に従事する三橋康平が作成した。
大きな文字のバックは、機械撹拌(かくはん)工法に用いる大型の重機が林立する写真だ。

「良い出来じゃない! 彼女に伝わるといいね」
後ろから、声を掛けられた。この街

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ゲンバノミライ(仮)第33話 ファブの堤下さん

ゲンバノミライ(仮)第33話 ファブの堤下さん

地面の上で組み立てられた鋼製の橋桁がクレーンで吊り上げられ、据え付け場所にゆっくりと移動してされていく。
下ろす段階に入ってきた。鳶の作業員が無線を使ってクレーンオペレーターに指示を出しており、水平位置を合わせながら慎重に作業が進められている。ぴんと張っていた吊り荷のワイヤーが緩んだ。計画通りに位置に決まって接地したということだ。

周りで待っていた残りの鳶たちが乗り込んできて、インパクトレンジと

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ゲンバノミライ(仮)第32話 応援職員の山木主査

ゲンバノミライ(仮)第32話 応援職員の山木主査

こんな広大な規模の工事は今まで見たことがなかった。あの災害から復興するためには、ここまでやらないといけないのか。
ニュースで見るのと現地に立つのとでは、まったく印象が異なる。自分が本当に役に立つのだろうか。

山木登は、小さな自治体で土木系職員として働いていた。数年だけ違う部署にいたことがあるが、それを除けば工事の発注や監督などを担当してきた。工事といっても、数百メートルの道路工事や、道路の維持補

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ゲンバノミライ(仮)第30話 道路屋の友哉くん

ゲンバノミライ(仮)第30話 道路屋の友哉くん

すべすべとした滑らかな表面。太陽の光が当たると、てかてかと輝くように見える。

美しい。
きれいだね。
そんな風に声を掛けたくなる。

でも、それだけではない。
年月が経てば、何度も何度も踏みつけられて、汚れてきたり、ブツブツが出てきたりもする。それは致し方ない。
生まれたてのきれいな姿も好きだけれど、頑張ってきた証が年輪のように刻まれた表情には、別の美しさがある。
頼もしくも誇らしい。

何十年

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ゲンバノミライ(仮)第29話 未完成の吉本さん

ゲンバノミライ(仮)第29話 未完成の吉本さん

「自分のために」だけじゃ、正直しんどい。
年月が経った今、そう思う。
「何のため」なら良いのだろう。

吉本奈保の朝は早い。4時に起きると、着替えや身支度をして朝ご飯を準備する。すぐに食べると昼まで持たないので、まずはお預け。2時間ほど机に向かって大学受験の勉強をする。帰宅後の2時間を合わせても1日4時間しかない。現役高校生や浪人生に比べると全然少ない。地道に続けて、追いつかないといけない。
7時

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ゲンバノミライ(仮)第28話 境界線上の森田社長

ゲンバノミライ(仮)第28話 境界線上の森田社長

ようやく最上階まで立ち上がってきた。設備や内装の工事はこれからなので完成にはまだ時間はかかる。最初の1棟ができても、周辺は更地のまま。だが、復興に進んでいることが見えてきただけでも大きな進歩だ。

森田真知子は、復興プロジェクトを包括的に手掛けるコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の下請企業で社長をしている。3代目続く小さな総合建設業の会社として若くして家業を継いだ。社長としての肩書

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ゲンバノミライ(仮)第25話 リベロの能登君

ゲンバノミライ(仮)第25話 リベロの能登君

「ちょっと待ってくれ。戻って右側の梁の交差部を見せてくれ。そこじゃない。もう少し手前だ」
能登隆は、足元に気をつけながら、足場を手前に戻って下側に目をやった。
装着しているスマートグラスを通じて、本社にいる現場アドバイザーの中島泰之が同じ様子を大画面で見ている。

いったい何が問題なのか。
鉄筋が絡み合うように組まれた梁部分を凝視してみるが、まだ見つけられていない。

「どこか分かるか?」
そう言

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