ゲンバノミライ(仮)第33話 ファブの堤下さん
地面の上で組み立てられた鋼製の橋桁がクレーンで吊り上げられ、据え付け場所にゆっくりと移動してされていく。
下ろす段階に入ってきた。鳶の作業員が無線を使ってクレーンオペレーターに指示を出しており、水平位置を合わせながら慎重に作業が進められている。ぴんと張っていた吊り荷のワイヤーが緩んだ。計画通りに位置に決まって接地したということだ。
周りで待っていた残りの鳶たちが乗り込んできて、インパクトレンジと呼ぶ工具で高力ボルトいわゆるハイテンションボルトを締めていく。これは一次締めと呼ばれる作業で、橋の形状が設計に沿っていることを確認してから本締めに移る。
ここで据え付け作業のシーンは終わり、橋全体の映像に切り替わった。
復興街づくりの一環で進められた橋の据え付け作業を記録した動画だった。
何度目か分からないほど繰り返し見ている。それでも、ニヤニヤしてしまう。自然に笑みがこぼれるのだ。
後輩から気味悪がられているが、一向に気にならない。
堤下悠斗は、橋梁や建築に用いられる鉄骨などの製作や架設を手掛ける会社の技術者だ。橋に憧れて土木を学び、鉄骨ファブリケーターと呼ばれる現在の会社に就職した。海峡をダイナミックに横断する吊橋や斜張橋を目指していた。まだ手掛けたことはないが、これから計画されている大型プロジェクトがあるので、自分の会社には是非とも受注してほしいと願っている。
完成した時は、長大橋とどちらが嬉しいのだろうか。
たった数十メートルだが、やっぱりこっちの方が、喜びが大きい気がする。
あの災害で故郷の街が大きな被害を受けた。あの時、今と同じ、鉄骨の工場に勤めていて、すぐに実家に連絡した。電話はまったくつながらず、夜になって別の親戚伝いに家族の無事を聞いた。
地元の建設会社やゼネコンなどとともに、堤下が勤める会社も応急復旧などに奔走した。修復して利用できる橋もあったからだ。だが、地元の街はそういうレベルでは無かった。自分が貢献できる場面はなかなか来なかった。
ようやく復興プロジェクトが始まり、その中で地元の川をまたぐ橋が計画された。自分の会社が担当することを聞いた時には、「よっしゃあ!」と思わずガッツポーズが出た。「もしも取れたら、私にやらせてください!」と周りにはずっと言い続けていた。「良かったな」「しっかりやれよ」。上司や先輩たちにそう言ってもらえた。
大きさも構造も、大したことはない。ごくごく普通の橋だ。
でも、自分にとっては大事な橋になる。
設計が完全に固まってから発注されるのではなく、検討から設計、工場製作、施工と連続的に流れていくため、作業スケジュールはタイトだった。一度、現地入りして計画地を見てきたが、復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)で道路関係の設計を担当する宮本佳子らとオンラインでやり取りしながら細部を詰めていった。
設計さえ固まれば、あとはこちらの出番だ。手配した材料を切断して箱桁を製作し、仮組立により部材や組み立ての精度をチェックし、鋼材の表面をきれいにするケレンを行って、塗装作業と流れていく。
検査を合格すれば、あとは現地に運ぶだけだ。
きれいに仕上がった鋼橋が旅立っていく姿を見ると、ほっとする。
だが、自分の手が離れてしまうことに、少し寂しさも感じる。
堤下は、最初の便が出発する前日の夜、仕事上がりの前にもう一度、見に行った。
いつものようにきれいに仕上がった。
この橋が、故郷の街の復興に役に立つ。そう思うと、感慨深いものがあった。
ぽんぽんと、優しく叩いて、「あとは頼むよ」と声を掛けた。
堤下の声だけが工場内に静かに響いた。
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