【悪用厳禁】万人の心揺さぶるストーリーの「型」がある。世界的クリエイターはそれを知る『フワッと、ふらっと、判官びいきの心理学』
『フワッと、ふらっと、判官びいきの心理学』
1. 短編小説・『風狂の相続人』
ある男の波乱に満ちた人生が展開される。
その男の名は鳥羽修司。
母親・志摩子は一人で彼を育て上げ、生活は決して裕福ではなかったが、修司にとって母の愛は何にも勝る宝だった。
しかし、修司には志摩子が何か隠していると感じる瞬間があった。
父親のことを聞いても一切、何も話さない。
ただ一つ、時折見せる哀しげな表情が、修司の心に疑問を残していた。
幼い頃の修司は、自分の境遇に強い怒りを抱いていた。
周囲の子供たちが当たり前のように愛情を受け、物に恵まれ、明るい未来を夢見ている中で、彼は自分が隠された存在であることを感じていた。
そのため、中学に上がる頃になると修司は荒れ狂い、反抗的な性格が形成されていく。
問題児として知られ、ケンカに明け暮れた。
彼は常に心の中に溜まった怒りを爆発させるため、街の不良達と衝突し、殴り合いを繰り返した。
彼の目は、常に鋭く、周囲の人々に恐れられていた。
その一方で、彼には天才的な投資の才能があり、若くして、暗号資産取引で一儲けすることに成功する。
まとまった金が出来た修司は、夜になると、繁華街へと繰り出し、派手な女性たちと共に夜の街を徘徊することが常となった。
肩で風切り、高級クラブやバーに入り浸り、酒を飲み、歌舞伎町の鷹と呼ばれるようになる。
修司はその夜の楽しさに浸ることで、自分の境遇を忘れようとしていたが、その一時の快楽の中でも、心の奥底には孤独と絶望が渦巻いていた。
やがて修司が青年になると、志摩子が病に倒れた。
献身的に看病を続ける修司の前で、志摩子はついに最期の時を迎える。
その臨終の際、志摩子は震える声で、これまで語ることのなかった事実を修司に伝える。
「あなたの父親は・・有馬家の当主よ。私は彼の恋人だった。
そして、あなたは彼の・・
彼は有馬家のために別の人と政略結婚をしなければならなかったの。
でも、あなたのことを忘れたことはなく、いつもそっと見守ってくれてたのよ・・
隆一郎おじさん覚えている?
よく遊園地にあなたを連れてってくれてた、お正月にはいつもお年玉をくれた、隆一郎おじさんがあなたのお父さんなのよ・・」
志摩子からは遠い親戚のおじさんと聞かされていた有馬隆一郎が、修司の実の父親だったのだ。
旧有馬財閥を引き継ぐ、有馬フィナンシャル・グループは、明治時代から続く伝統と財力を誇り、金融、建設、エネルギー産業など様々な分野で影響を持つ巨大企業群を支配していた。
そして有馬フィナンシャル・グループを支配するのは、その創業者一族である江戸時代から続く名門・有馬家であった。
突然の告白に修司は動揺したが、同時にすべての謎が解けた気がした。
普通の家庭でなかった理由、母が抱え込んでいた孤独。
そして彼が、実は世界にその名を轟かせる巨大企業グループの創業者一族であったという驚愕の事実。
とはいえ、修司が本当に有馬隆一郎の子供であるという確固たる証拠はない。
実の父であると聞かされた隆一郎に会いに行く術もない。
ただ天涯孤独になっただけではないか、志摩子の葬儀を済ませ、一人狭い自宅アパートに帰った修司はそう思うと目に涙があふれてきた。
と、次の瞬間、アパートの玄関チャイムがなった。
扉を開けると、見知らぬ紳士が立っていた。
「鳥羽修司さんですね。私は、有馬フィナンシャル・グループの総務部長、松阪敏夫という者です。突然申し訳ございません。あなたに重要なお話があって参らせて頂きました。」
なんという偶然であろうか。
父・有馬隆一郎に関することであろうことは、直観的に理解できたので、修司は興奮しつつも松阪を快く部屋の中に招き入れた。
松阪の話では、隆一郎は、母・志摩子が亡くなった日と同じ日に他界したという。
その後、隆一郎の寝室から遺言書が見つかった。
遺言書には、「遺言者・有馬隆一郎と鳥羽志摩子との間に生まれた下記の者を自分の子供として認知する。氏名・鳥羽修司。生年月日・・」と書かれていた。
そこで、遺言執行者に指名された隆一郎の腹心であった、松阪が認知の手続きを進めるため修司の承諾を求めに来たのである。
松阪の話によると、隆一郎が唯一愛していたのは、志摩子であり、その面影を色濃く残す修司のことを深く愛していたとのことである。
松阪も、修司を一目見て何か感じ入るものがあったのか、
「認知を承諾頂き、是非とも、我が有馬ファイナンシャル・グループにご参画下さい!」と懇願した。
修司は有馬家の一員となることを決意する。
ただ、有馬家では、突然現れた予期せぬ次期当主候補の登場に、隆一郎の妻や弟達、隆一郎の三人の娘、その夫達など修司のことをよく思わない人もいた。
そんな中、ただ一人、修司を暖かく迎え入れた人がいた。
それが修司の異母兄である有馬隆一だった。
はじめて修司に会った時、隆一は「よく来てくれた。弟がいたなんて思ってもみなかった。これからは共に有馬家を、そして有馬フィナンシャル・グループを支えていこう。」と手を取り合って涙を見せた。
自分には母親しか家族はいないと思っていた修司も、兄がいたという事実に喜びを隠せず、この兄と共に生きていこうと固く心に誓った。
修司は有馬家の正式な一員となり、相続人としての地位を手にしたものの、その道は決して平坦ではなかった。
彼は、母と貧しい生活を送ってきた荒れくれた少年期の影響からか、有馬家の常識や規律に縛られることを拒んだ。
修司は高級クラブやカジノで夜を明かし、派手なパーティーに参加しては、多くの美しい女性たちと過ごした。
彼の行動は常に世間の注目を集め、メディアは「有馬家の異端児」「風狂の相続人」として彼を追い続けた。
一方で、彼の奇抜な言動や奔放な行動は、ビジネスの場でも周囲を困惑させ、有馬フィナンシャル・グループ内の長老たちは次第に彼を危険視するようになっていく。
有馬フィナンシャル・グループの常務取締役兼経営企画本部長の座についた修司は思い切った組織改革なども断行し、保守的な勢力からさらに疎まれることになる。
修司は、有馬家の後継者としてビジネスの表舞台に立ちながらも、常に予測不能な行動で相手を翻弄する曲者であった。
彼は取引相手たちを前に大胆な提案を行い、時には非常識とも思えるリスクを取った。
彼のビジネス手腕は天才的な直感とギャンブル的な要素が混ざり合っており、彼の成功は常に危うさと共にあった。
取引先との駆け引きでも、騙し騙される状況を楽しむように、冷静な顔でギリギリの交渉を続けた。
彼にとって、ビジネスとは一種のゲームであり、その勝敗よりも、自らの欲望や自由を追求することが重要だった。
そんな彼の行動は一見無謀に見えたが、その裏には鋭い直感と天才的なビジネスセンスが光っていた。
彼は新興のITベンチャー企業に大規模な投資を行い、その成功により有馬フィナンシャル・グループ内で一目置かれるようになったが、修司自身は財産や地位には興味を持たず、ただ自分の欲望と自由を追い求め続けた。
実はバブル崩壊以降、有馬フィナンシャル・グループは、世界市場においては、アメリカ企業やBRICSなどの新興国企業に大幅な遅れを取っていて、バブル期以前の勢いは全くなくなっていた。
そこで、再び有馬フィナンシャル・グループを世界の雄とするべく、代表取締役副社長兼海外事業本部長となった修司は、世界中を行き来し、
現地で陣頭指揮を採り、収益を上げ続け、並みいる世界的企業に勝ち続け、有馬フィナンシャル・グループを名実ともに世界一の巨大企業グループに育て上げた。
メディアにも、派手にもてはやされる修司が、有馬フィナンシャル・グループの次期総帥となる日は近いと誰しもが思った。
しかし、有馬家にはもう一人の正統な後継者がいた。
兄である有馬フィナンシャル・グループの代表取締役社長兼CEO・有馬隆一だ。
当初、修司に好意的だった隆一は、修司とは対照的に実は冷徹で、有馬家の伝統を守ることを最優先とする男だった。
ある時、修司が相続した有馬家草創の地である大阪にある江戸時代から残る旧有馬屋本店の建物を取り潰し、跡地に有馬フィナンシャル・グループの大阪支社ビルを建てるという暴挙に出た。
修司は伝統や常識を重視しないため、有馬家の象徴、レガリアともいえる旧有馬屋本店の古びた建物などよりも、世界一の巨大企業グループにふさわしい支社ビルを建てるべきだと考えたようだ。
当然、有馬家の人々や有馬フィナンシャル・グループ内の長老たちの怒りを買うことになり、兄・隆一も、修司をかばうことが困難となった。
修司の放蕩と無謀なビジネス手法は、有馬フィナンシャル・グループのイメージと利益を危うくすると考えた隆一は、有馬家を守るために心を鬼にして修司を追い出す計画を密かに進める。
最終的に、修司はある国際的規模の大取引を進める中で、兄の策略によって自らの地位と財産を失うことになる。
隆一は巧妙に修司を罠にはめ、修司を有馬家に招き入れた後、部下となり一番の信頼を得ていた修司の腹心・松阪に、巨額の金を与え自陣に取り込み、
ウソの情報を修司に流させ、大規模な損失を被らせることで彼を追い詰めた。
有馬フィナンシャル・グループの復興の立役者でありながら、信頼していた唯一の肉親である兄にも、腹心の部下にも裏切られた修司は、
静かに微笑みを浮かべて、すべてを失ったにもかかわらず、心の中でこう呟いた。
「兄の傍にいられて幸せだった。母以外の家族から初めて暖かな愛情をもらった。それで十分だ。たった一時だけだったとしても・・・」
修司は誰に見送られることもなく、新宿副都心にある有馬フィナンシャル・グループの超高層本社ビルを後にした。
財界を去った、彼の姿は再び世間から消える。
しかし、修司の名は、財界内外で「風狂の相続人」として語り継がれている。
彼の自由奔放な生き方と、欲望に忠実な姿勢は、保守的なビジネス界において異端だったが、多くの者にとっては一種の憧れでもあった。
彼がその後どうなったのか、誰も知る者はいないが、彼の存在は今もなお人々の心に残り続けている。
10年後、あるベンチャーICT企業が世界的注目を浴びる。
これまでにない臨場感溢れるメタバース・プラットフォームを立ち上げ、瞬く間に世界登録者数40億人となった『TOVERSE』だ。
表に一切姿を現さない国籍不明のTOVERSE ・CEOの名は、『シュー・ジトバー』
人々は彼をあの「風狂の相続人」であった鳥羽修司だったに違いないと噂するが、真意のほどは定かでない。
『完』
楽しんで頂けましたでしょうか?
この話は、世界各地に伝わる各種神話や物語の英雄伝説の共通要素を抜き出して、現代風物語にアレンジしたものです。
もしこの短編小説に惹きつけられ最後まで、読み進まれたとするならば、人々の気を惹きつける、物語の『型』というものがあるのでしょう。
その『型』とはどういうものか、みていきたいと思います。
2. 万人の心揺さぶるストーリーの型
神話学者のジョーゼフ・キャンベルによれば、
物語には「万人の心揺さぶるストーリーの『型』」のようなものがあるとのことです。
その型は、各地に伝承される神話や伝説などに類似しているとのことです。
ユング心理学では、誰しもが生得的に持ち、その内容も共通しているとされる無意識(これを集合的無意識といいます)があるとしていますが、神話はこの集合的無意識によるものとされています。
(ユング心理学については以下をご参照ください)
それゆえに、神話を焼き直したストーリーは万人の無意識を揺さぶり、心打つものがあるのかもしれません。
スター・ウォーズシリーズの生みの親・ジョージ・ルーカスは、神話学の古典と称されるジョーゼフ・キャンベル著『千の顔を持つ英雄』を読み、スターウォーズを生み出しました。
ジョージ・ルーカスは、「自分は『千の顔を持つ英雄』を読んでいなければ『スター・ウォーズ』の物語を書けなかった」と語っています。
ジョーゼフ・キャンベルはユング心理学の理論に基づいて、自身の神話学を打ち立てています。
ジョーゼフ・キャンベルのいう「万人の心揺さぶるストーリーの『型』」は、ユング心理学の中にあるといってもいいことでしょう。
「万人の心揺さぶるストーリーの型」をクリエイターの方々がマスターすれば、大ヒットするストーリー作りができる可能性が高まります。
以下、その型のうち、よくヒット作品などに用いられる日本人の心を揺さぶり続ける、あのストーリーの『型』を追っていきたいと思います。
ここから先は
¥ 200
いつもチップでの応援ありがとうございます!いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。