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蝶と蛾、人と人 みんな同じ

 どこからか入ってきたのか、昨晩自宅の部屋の壁に蛾が居ました。

 今年は私の住む岩手県では異例とも言える暖冬で、雪も少なく真冬日という日も片手で数えられる程しかありません。その為か、2月だというのに季節外れな虫が多い気がします。この蛾を叩き潰すのも気分が悪いので、ソッと手で包みベランダから外へと追いやりましたが、この寒さなのでかえって非道な事をしたのかも知れません。


 さて“”という虫についてですが、見た目だけでいうと“”と大差が無いです。

 しかし、花の蜜を吸うモンシロチョウやアゲハチョウを見てカワイイと言う女の子も中にはいます。夏のカンカン照りの陽の下をヒラヒラと舞うカラスアゲハチョウにどこかミステリアスな美しさを私は感じたりもします。日本という国を象徴する虫はオオムラサキという蝶で“国蝶”にも選ばれているのです。

 蝶という虫は、創作物においても“美しい”や“明るい”といった印象で取り扱われている事が多いと私は思います。

 一方で“”という虫は、見た目は蝶々と似ているものの明るいイメージで取り扱われている事はほとんど無いと言えるでしょう。

 夜間に街灯や火の下に集まり、住宅の外壁や部屋の壁に張り付いる地味な色味をした虫といった感じでしょうか。様々な種類の蛾が街灯などの灯りに向かって一心不乱にぶつかってはフラフラと落ちて、また上がってを繰り返す様子は蛾という生物が持つ“狂気”や“気持ち悪さ”や“不気味さ”というマイナスイメージを冗長しているといっても良いでしょう。


 そもそも""と""の違いというのは明確にはありません。どちらも同じ“鱗翅目”というカテゴリーに分類されます。

 蝶の方が羽を閉じて止まるとか、蛾の方が夜行性だとか、蛾の方が触覚が細いだとか、そういったのは、あくまで傾向としてあるだけで、夜行性の蝶も世界的に見れば存在しますし、羽を閉じて止まる蛾も中には存在します。

 私たちは潜在的に同じ生き物を見た目と行動の傾向だけで、こうも真逆に見ているのです。


 見た目と傾向だけで見方が変わるのは何も虫に限った話だけでは無く、人間にも同じ事だと私は思います。

 ロシアがウクライナへ侵攻を開始してから間も無く2年が経とうとしていますし、ガザ地区を中心にイスラエルとハマスとの衝突も半年を迎えようとしています。

 今日もどこかで人間は自分の意見や民族が正しいと他の人間を差別し、偏見の眼を向けて対立しています。

 世界に目を向けなくとも、一人一人個々の生活でも知らず知らずの内に偏見差別意識を持ってしまいがちです。

 コロナ禍も落ち着いてインバウンド需要が回復し、外国人観光客を見る機会が多くなりましたが、数多くの訪問者の中でも中国人観光客は声が大きくて、さらには言動に遠慮が無くて私はどうも苦手なイメージを持っていました。

 今から9年ほど前の出来事なのですが、私の地元の企業に外国人実習生として中国人の方が10名弱来る事になりました。さらに彼らは、私の住む地域にある公営住宅に寝泊まりする事になったのです。

 先述した通り、私は当初は中国の人というのに対して良いイメージがありませんでした。田舎特有の閉鎖的な思考や、私自身が保守的な人間というのもあったとは思います。すぐに不平不満を次から次へと言い出したり、ゴミ出し等のルールを守らなかったりするんじゃ無いかと彼らに対して懐疑的な見方をしていたのです。

 しかし、実際は地域行事にも積極的に参加し、地元の企業にも真面目に勤務していたのです。中には私の住む地域の方と国際結婚をし、そちらの家業の手伝いを10年以上経った今でも毎日していらっしゃる方も居ます。

 声が大きいだとかの私が持っていた彼らへの苦手イメージは、あくまでその国の人種の傾向としてあるだけで、全ての方がそうであると言う訳では無いのです。

 改めて書いてみると、至極当たり前の事のようですが、そういった差別にも似た感情は無意識のうちに根を張るんだなと感じました。

 この話だって日本人だの中国人だのと人種として区別しているように書いていますが、突き詰めて言ってしまえば全て同じ"哺乳網サル目ヒト科"です。

 最初に書いた""と""の話と同じだと思えないでしょうか?


 先述した国際的な衝突のみならず、LGBTQや男女平等参画社会、同一労働同一賃金、などと、日本国内でも昨今まで当たり前に存在した格差を是正する機運が高まってきています。

 私自身は、格差や偏見や差別はあって当たり前だと思っている、かなり保守的な人種です。

 しかし、今回たまたま部屋に迷い込んだ""という鱗翅目を殺さずに外に放った時に、私は"虫一匹に対して情けをかけられるのに、私自身は何と同じ人間に対して排他意識が強いのか"と自らに対して暗然となりました。

 闇夜へ飛んでいった一匹の蛾に、私自身を含めた人間という哺乳網サル目ヒト科の生き物愚かさを感じた、暖冬と言えどもまだ寒い2月のある日の出来事でした。

 それとも"蛾"という生き物も"蝶"に対して憎しみや妬みを持って生きていたりするのでしょうか?

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