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小説は「道徳の教科書」ではない
また興味深い本が棚に並んでいます。
「あなたが、いまこそ語りたい『絶版本』はなんですか?」をテーマに、2000~3000字のエッセイを書き下ろしていただく企画とのこと。
寄稿しているメンバーが豪華です。特に数学の独立研究者・森田真生(もりたまさき)さんと情報学研究者であるドミニク・チェンさん、そして「目の見えない人は世界はどう見ているのか」を書かれた伊藤亜紗さんのチョイスが気になっています。
ところでかくいう私もこちらを目にした時、ある一冊の「絶版本」が頭に浮かびました。ぜひ紹介させてください(あるいは、すでに上記の本の中で取り上げている方がいらっしゃるかもしれません。被ってしまったらごめんなさい)。
第3回メフィスト賞・受賞作、蘇部健一さんの「六枚のとんかつ」です。数年前に図書館で借りて読みました。
同賞をきっかけにデビューした作家で最も知られているのは、やはり森博嗣さんでしょう。「すべてがFになる」はクールで斬新、なおかつ普段使わない脳の部位が熱くなるミステリィでした。他にも舞城王太郎さん、西尾維新さん、辻村深月さんなど錚々たるメンバーが歴代受賞者に名を連ねています。
さて、この「六枚のとんかつ」ですが、世間では「バカミス」と呼ばれています。定義がわからないので何ともいえませんが、ページをめくるプロセスの中でぼんやりと納得できました。「ああ、こういうのが『バカミス』か」と。読んだ人から聞いていたので覚悟はしていましたが、まあ下ネタがすごかったです。
ただアマゾンの作品紹介にある「空前絶後のアホバカ・トリック」という評については首肯し難い。扱う題材がどうであれ、それを「あっ!」と驚くミステリィに仕上げているのは事実なのです。
読んでいないけど話は聞いている。書評をチラ見したことがある。そういう人にこの本の話をすると「バカミスでしょ」「下品なのはちょっと」とたちまち切り捨てられてしまう。気持ちはわかります。ただ「そこだけで判断しちゃうの?」とモヤモヤするのも事実なわけで。
苦手な方に無理強いはしません。当然です。でも「この題材でここまで奇抜なロジックを組み立てられるのは、頭の柔らかさと回転速度が半端ないな」という観点で読んだら、また違った感想に辿り着く。そんな気もするのです。事前のバイアスが強ければ強いほど「思っていたよりもすごい!」とテンションが上がる現象は決して珍しくないはず。
そもそも小説は道徳の教科書ではありません。もちろん表現に対する一定の配慮は不可欠。しかし一方で、小畑健・大場つぐみ「バクマン。」に出てきた「少年マンガってもっと不健全な作品がいっぱいあっていいんだよ」「PTAを敵に回すくらいの方が面白え」というセリフはある意味で創作全般に当てはまるのではないか。そんな風に感じるのもたしかなのです。
「六枚のとんかつ」がどういう理由で絶版状態になっているのかはわかりません(あるいは著者の意向かもしれない)。しかしできたら、もっと多くの方に手に取ってほしい。特に創作を志す人たちにとっては、己の活きる道を切り拓く上でヒントになり得る名著だと考えています。
また読みたくなってきました。続編も出ているので図書館で探してみます。よろしければ皆さまもぜひ。
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