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「ライブそんなに行かなくても平気」という感覚になった話
半年ぶりに20年来の友人とライブハウスへ行った。1人で行くことが多いので、誰かと一緒というのが久しぶりで楽しかった。
互いに昔は頻繁にライブへ行っていたが、「行かなくても平気だと気づいた」という友人の発言が、今の私にもぴったり重なった。
🔸最近行った小さなライブハウスの話
ライブ前、お茶をしながら近況を話す。
友人が先日、ライブハウス「下北沢Que」で対バンライブを見た話を聞かせてくれた。
両バンドとも一般的には知られていない。片方のバンドはずいぶん前に解散したが、再結成したそうだ。適度に空いており、大変見やすく楽しかったと話していた。
私も最近、同じく下北沢Queでライブを見た。小さいキャパ(280人)で、バンドの息遣いを感じられるライブは最高だ。
今日のライブハウスの収容は3,100人。チケットは余裕で取れたが、整理番号が遅いし、完売しているのでやや見づらそうだ。
コロナ以降に傾向が強いが、前方に隙間があっても、詰めない客が多くなった。以前なら、開演と共に、または激しい曲が演奏されると、必ずギュッとなったのに。
押し合いへし合いしたいわけではなく、妙な隙間があるとみんな見づらいと思うので、適度に詰めた方が得策だと思う。
友人も、先日女性シンガーソングライターのライブへ行ったら、開演しても全く詰まることがなく、背の高い男性が多くて全然見えなかった、近年のあの詰まらなさは何なのだろう、と話していた。
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パンケーキはあっさり、酸味のあるリリコイ(ハワイで人気のパッションフルーツ)入りのバター&ハワイ島名物の濃厚なもったり蜂蜜がよく合う。
🔸バンドの解散と再結成と存続
様々なバンドの解散と再開を見て来た。知名度のあるバンドは、再結成後も商業的に成功していくが、そうではなかったバンドの再開は、嬉しいと同時に「生計はどうなっているのだろうか」などと下世話な心配をしてしまう。
再結成した某バンドを見に行った時、フロントマンが「みんな、俺らメンバー全員の年収を足しても、それより月収高いでしょ?」「だからグッズ買って!」と自虐していたことがあり、苦笑いした。
本業で生計を立て、バンドは副業という形を取っている人達もいる。とても良いやり方だと思う。
アジカンのゴッチは、純粋に音楽をやりたい人の支援をしたいと、安価で利用できる音楽スタジオを地元の静岡県藤枝市に作っている。
素敵な試みだと共感し、私もイチ音楽好きとしてクラファンに参加した。静岡は好きな土地なので、完成したら訪問してみたいな。
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商業的な成功を得られなかったという理由のほか、人間関係で解散に至るケースも多いだろう。フロントマンが背負う負担が大きく、メンバーへの不満が募っていくパターンも少なくなさそうだ。
バンドメンバーは仲良くあるべし、などと全く思わないが、せめてギスギスした様子はなるべく見せないでくれたら、と勝手ながら思う。
つい最近、大御所のバンドが解散した。35年以上も続いたから十分に偉業なのだが、後者の理由も少なからずあるのかなと邪推した。
そう考えると、破綻せずに続いているバンドのバランス感覚は本当にすごい。
今日これから見るバンドは、おととし結成25周年を迎えた。バンドメンバーが2名→3名→4名と増加した、稀有な歴史を持つ。辞めたり入れ替わるケースがほとんどなのに。
メンバーの人間関係が大変穏やかだと、ファン目線で思う。
🔸「ライブそんなに行かなくても平気」
最近、ライブへ行くのも腰が重くなったよね、と友人と話す。
友人が「ライブ、そんなに行かなくても平気なんだってわかった」「若い頃は、よくあんなにライブ行っていたなと、我ながら感心する」と話すので、全く同感で笑った。
音楽は小さい頃から大好きだが、私の場合、ライブは完全にリソース(心の拠り所)だった。悪く言えば過度な依存だ。
年間100本以上、1日2公演、1週間毎日ライブ(昼間は仕事)、なんてスケジュールも平気でやっていた。趣味でもっとたくさん行っている人もいるが、それとは意味合いが異なると自己分析する。
親からストレスを受けて育ったので、家庭が危険地帯だった。父親が「嫌なことも歯を食いしばってやれ、人生は辛いものだ」という価値観だったため、自然とそれを引き継いだ。
望まない仕事も引き受け、嫌いな人間にも笑顔で対応することが染み付いていた。
「ライブに行ったから、ちょっと嫌なこと忘れられた。明日からまた頑張ろう!」と言うのは、正常な人間に適用できるライフハックであり対症療法である。
私のように、過剰にライブへ行くことで自分を保つケースは、根本治療が必要なのだ。
「来月ライブあるから、つらい仕事も頑張れる!」ではなく、「そもそもつらい仕事や人間関係からはさっさと逃げろ。自分を過度に犠牲にするな」と言うことに気づけなかった。
つらいということにすら無自覚だった。幼少期の刷り込みは本当に恐ろしい。
父親は仕事が原因で鬱病になり首を吊った。嫌なことから逃げる、という選択肢がなかったのだろう。
父もまた、自分の母親(私の祖母)に、ぎゅうぎゅうに締め付けられて生きて来たのだ。恐らく父にはリソースらしきものはなかったと思う。私はリソースがあって良かった。
生きづらさを抱え、リソースでごまかしながら人生の折り返しを過ぎ、ついに身体が悲鳴を上げ、自分が無理をしていたことをようやく理解し始めた。
現在、自律神経系の不調に悩まされている。ちょっとしたことですぐに交感神経が反応し、動悸が激しく頭がぐるぐるしてしんどい。
睡眠がうまく取れなくなったので、心療内科で睡眠薬を処方してもらっている。
「もう私は危険な状態にいないよ」と脳と身体に教えてあげることで、自律神経系が組み変わっている最中だ。
仕事も、嫌なことを嫌だと断れるようになった。以前は「何もかも引き受けて、できる自分でなければ私は無価値」と思い込んでいた。
本当は辞めてゆっくり回復したいけど、そういうわけにもいかず、自分になるべく負担がないよう気をつけながらやっている。
今まで生きてきて、「この人、よくこんないい加減に仕事して生きていけるな」と思うことが多々あった。
でも、それで良いのだ。自分を過度に律するよりもずっと健全だ。自分はそれを自分に許可できなかった。許可したら無価値になるので。
今まで身体が過緊張状態だった。子供の頃から歯ぎしりがひどく、数年前に奥歯が割れて手術をしたのだが、トラウマと関係があると聞いて納得した。
人並みにできなかったこともたくさんある人生だが、生きづらさをごまかしつつなんとか生き延びて来たことは、マジで自分偉いな!と思っている。
友人は私のケースとは異なると思うが、ライブに行かなくても大丈夫だと、彼女なりに気づきがあったのだろう。
🔸ポリヴェーガル理論
自律神経の働きと、心や身体の状態を説明する「ポリヴェーガル理論」では、辛い状況から脱したい時は、それを忘れられるような強い刺激を求めがち(辛い【HOT】もの、お酒、刺激的な映画やドラマ、ライブなど)だが、それをすることで悩みがこじれる、とされている。
より強い刺激を求めて、お酒の量が増えたり、薬物の力を借りたり、ギャンブルにのめり込んだり、人に言えない「止められない行動」が増えることも生じるのだそう。
どうすれば良いかと言うと、副交感神経(腹側迷走神経複合体)を育てることだ。
安心感、安全感、信頼感、穏やか、平和、愛おしい、あたたかい、好奇心、喜び、爽やか、といった気持ちになれる状態を増やすこと。
呼吸法、行動をゆっくりする、予定の空白を作るなど、強い刺激に比べるとかなり地味だが、それを味わえるようになると、地味さや穏やかさの価値がわかってくるという。
今の私は、休日にだだっ広い公園のベンチに座ってぼーっとしている時に至福を感じる。昔から自然は好きだが、そこに安心感があることに最近気づいた。
大きな刺激よりも、穏やかな時間が大事なのだろう。
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2010年にTBSで放映されたドラマ「SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜」(監督:堤幸彦ほか、主演:戸田恵梨香、加瀬亮)が好きで、また見返したいとずっと思っていたところ、タイムリーなことに最近Netflixに入った。
喜んで一気見したら、ものすごい悪夢にうなされてびっくりした。凶悪犯罪SFなので刺激が強かったのだろう。やっぱりすごく面白かったからいいんだけど。
でも、本当に体調が悪い時は、神経が揺さぶられそうな映画やドラマは無意識に身体が避けていると思う。
あと「人間の脳は10%しか使用されておらず、残された90%の部分が発揮されることによって特殊能力であるSPECが発動される」という脳の話が出てくるから、脳が刺激されたのかなぁ。
「私にもSPECが眠ってたりして?」とかふざけて思ったり。
『「ポリヴェーガル理論」がやさしくわかる本』
しんどい人に超おすすめのベストセラー。
体が整うことで、脳の状態が整い、結果的に心が回復する。体と心は密接に繋がっていることを理解しやすい。副交感神経の育て方も具体的に記してある。
昨年末あたりから、急に「ライブ、そんなに行きたい気持ちが前よりないかも?」と感じるようになった。身体が不調で外出がしんどくなったこともあるが、過度な刺激を必要としなくなったのだろう。
また、チケットの倍率が高い、自分が取れなかったのに転売ヤーに搾取されている、というケースは無駄にストレスだ。
そんな理不尽なストレスは宇宙一いらない。最初から行かない選択をした方がラクだ。
以前は色んな音楽の情報が気になったが、今はSNSを見ることも圧倒的に減った。不調の時は文字を読むこともしんどいし、SNSは過剰に刺激がある。
自分の中に「安心安全」の土台がある人は、エンタメに依存しなくても生きていけるものなのだなぁ、と言う学びを実感している。
私の中の「安心安全」はまだまだ発展途上だが、「ライブに行かなくても平気な自分がいるんだな」「SNSに割くエネルギーは不要だな」という感覚が沸いてきことが新鮮だ。
Twitterは2010年頃から始め、1日に何度もツイートしていた。今も公式の情報収集には適度に利用するが、他人の発信に興味が失せた。
「やばい」「待って」「神セトリ」などの薄っぺらい言葉にモヤモヤする。神セトリの意味が一生わからない。
限られた字数で反射的に胸の内を吐き出すためには適したツールだ。吐き出すには良いが、読むには値しないことも多い。
自分が発信するのはnoteで十分だと思うようになった。他人の感想もブログで読むのは楽しい。
うまいこと距離を保ちつつSNSで人間関係を築いている人は素晴らしいが、避けがたいトラブルも時にある。
私の数少ないリアル友達は、「推し活関連の知り合いは不要だ。昔からの友達だけで十分」派が多い。私も同感だ。
お世話になっている自律神経系の整体師に変化を話すと、「自律神経が回復してくると、自然とそう思うようになりますよ。過度な刺激は不要なので。」と教えてくれた。腑に落ちた。
推し活に異常に入れ込んでいる人は、自分の内部に向き合った方がラクになれるケースも多いのでは、と思う。
🔸ライブの感想
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バンドのライブは楽しかった。
案の定、視界は悪かったけれど、半年ぶりに見るバンドは相変わらずかっこ良かった。
一般的に知名度が高いわけではないが、今でも3,000人の会場を完売させるのはすごいよね、と友人と話す。
20年来のファンで、人生で一番見て来たバンドのアルバムツアー。でも体調不良もあり、今回のアルバムをほとんど聞いていない。
友人も「あまり聞いていなくて、今朝慌てて聞いてきた」と言っていた。あまり聞かずに参加するツアーも楽しかった。
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最新アルバムは、脈々と流れるそのバンドらしさ、普遍的な音楽の楽しさに溢れている。「The Ordinary Road」というタイトルに説得力があると思う。
信じられないほど懐かしい曲も聞けたし、聞き込んでいなかった曲の歌詞に聞き入る体験も良かった。
信じられないほど懐かしかった「走る岩」は、20年以上前、インディーズ時代の曲だ。ライブで聞いた記憶は既にない。大変驚いた。
アルバム先行曲「COME and GO」だけは、半年前のライブで初披露されており、音楽番組やラジオで流れていたのでよく聞いていた。
ひと昔前の洋楽っぽさもありながら、日本のポップスの良さも合わさった、バンドのセンスが炸裂した曲。
歌詞に「走る岩」「泳ぐ鳥」「叫ぶ星」と、自身の曲名が出て来る。
もう2度とライブでは聞けないと思っていた「走る岩」に浸りつつ、『そう言えば「COME and GO」の歌詞に出て来たなぁ』と考えていたら、続けて「COME and GO」が披露されたので、心憎い流れだなぁと思う。
「始まりと終わりが同時にある場所で 優しい雨に変わる明日」という歌い出しのバラードも印象的だった。場所や時間や空間を、自由に想像できて面白い。
「ビルボードで1位を取りたい(キリッ)」
「でも、もう取れなくてもいいかぁ」
「だって日本一のファンがいるから!(キリッ)」
というギター&ボーカル氏の言葉にファンが沸く。
昔はそんなリップサービスするキャラじゃなかったよなぁ。今はきっと本気でそう思ってくれているんだろうな。
若い頃のように頻繁にライブを見に行くことはもうないと思うが、ずっとそこにいてくれることは尊いな、としみじみ思う。
友人も私も初期からのファンなので、懐かしい曲に喜びを分かち合う。
帰り道、ライブハウスから駅まで水辺を歩きながら、「好きな曲なのにイントロで気づけなかった」「アレンジ変えていたよね」などの会話ができることが楽しい。
近頃は体調が不安定だから、誰かと約束をすることを避けていたが、気の置けない友人は本当にありがたいなぁと思った。
年末年始は体調が悪く引きこもっていた。1人暮らしなので誰にも会わなかったが、かえって自律神経に悪かったかもしれない。適度に人と話すことはリラックスに繋がる。
少し疲れたが、行って良かった。
また、ライブは刺激ではあるが、一方で馴染みのサウンドやメンバーの様子に心身が安心し、あたたかな気持ちにもなる。私の腹側迷走神経複合体に良い。これからもマイペースに楽しみたい。
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「タワマン、住みたいと思わないよね」「高層階なんて揺れたら怖いしね」と好き勝手なことを言い合う。
🔸「あなたたちは、そのままで完璧です」
「新しい学校のリーダーズ」とのコラボでも話題になっている、ノルウェーのシンガーソングライター「AURORA(オーロラ)」の来日公演でのMCをラジオで知り、感銘を受けた。
「あなたたちは、そのままで完璧です」
「自分はそのままで完璧な存在である」ということを、最近までずっと知らなかった。生きづらくなり、哲学を求めるようになってから知った考え方だ。
父親に「お前なんか信用できない」「努力しないと生きる価値がない」と刷り込まれて生きて来たので、そのままで完璧なわけがないと幼少期から思い込まされた。
しかも、楽しく頑張ることと、自分を虐めることの違いを知らなかった。父のように嫌なことを我慢し続けて自分を虐め抜いて頑張らないと、自分は無価値だと無意識下で信じて実践してきた。
ライブをリソースとしてライブハウスへ通っていた頃、日常が辛いなら今だけは楽しめ、いつでも来い、頑張れよ、そのようなメッセージを発するロックバンドもいた。泣きながら聞いていた。それはそれで助けられた。
「あなたたちは、そのままで完璧です」
当時そんなメッセージを誰かからもらっていたら、私はその時、どう感じただろうか。
こんな自分じゃだめだと追い詰められている人がいたら、「あなたは、そのままで完璧だよ」、そう声をかけてあげられる人でありたいと強く思う。
それが当たり前の価値観である世の中になれば、もっと生きやすい社会になるのにね。
リソースについて書いたnote
半年前に行ったバントのライブの感想
父のこと