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ショートストーリー

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ショートストーリーを中心にまとめたリスト。
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#小説

人工物の屍骸とその先に存在する狂気という名の快楽

 人口の光溢れる人工物の谷間。そこはあらゆるモノが住まい、その底には澱のようにを泳げぬ有機物が漂っていた。
 その中を、目的地も感情もなく漂う、ひとつの存在がある。いや、存在といえるだけのものが逸れにあるだろうか。姿かたちはヒトのそれをしていようと、その中身に含まれる澱は腐敗臭を放って処分に困る形をしていた。
 それの名は、京谷という。昼間は三十に片足を突っ込みはじめたなんということもないサラリー

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月の蒼

月の蒼

 儚くも辛き浮世の光。
 導きいざなうモノはヒトかカミか、それともオニか。
 遊ぶ時の間に間に、儚く舞う蝶はいずれか。
 かくして扉は開かれ、里は橋を通し異界へ通ず。
 いずれのモノがいざなうか、かの扉へ。

 戯れのように節をつけて言葉を風に流す西人(あきと)に視線を流し、南貴(なつき)は杯を傾けた。つぃと彼女の唇に口付ける酒は白湯のように彼女の喉を潤し、体を温める。卓に乗せられた酒は質素と

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しゃぼん玉

 ふわり……ふぅわり、ふわり………
 穏やかに河原を撫でていく微風に、いくつものしゃぼん玉が儚い万華鏡を景色に添えた。陽の加減で、ほんの僅かの風の向きで、そしてその柔らかな面に写し取る景色の色で。様々に色を変える様は、二度と同じ模様のできない万華鏡とよく似ていた。
 昼下がりの河原は子供達のはしゃいだ声が遠く近く響いている。その中を漂うように舞うしゃぼん玉は、彼女の幼かった頃の記憶をやさしく刺激し

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光と闇

 不意に立ち上がる夢現の景色。

 深い、深い闇の向こうに、他人事のように浮かび上がる一点の光が視界に鋭く突き刺さる。人らなざる異形のモノ達の姿さえ透かし見えるかと思う程、現実離れしたその景色の中に、彼は自らの後ろ姿を見る。
 理論的にはそんな事は不可能だ。しかし、彼の視界にあるその人物の姿は確かに彼なのだ。目の前のモノを有り得ないと否定するのは容易いことだ。しかし、彼の意識は自らの視界にある

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魅せられたモノへ還る

 逃げ水の如く逃げる光。それを追うのは…容易くはなかろうが、それでも追わねばいられず。
 薬物の如き酔いは四肢を捕らえて感覚をも浸食する。
 眩暈にも似た甘さを与えるその手を求むるは、愚かか……。

 否。…それは必然。
 必然であるが故に求むるモノ。
 必然であるが故に希う。

 光は水銀灯か誘蛾灯か。
 いずれにせよ、求めずにいられぬこの身を唯一縛るモノは…生。限りある時の中でもがく哀

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ツキアカリ

 風もなく、静かな湖面に映り込むのは満月の冴えた光。冬の冷えた空気に凛と響く月明りは、彼らの足元を無表情に見下ろしていた。
「……なぁ、これからどうすんの?」
 まだ幼さを含む男の声が、静かに冷たい空気に白い軌跡を残す。彼の傍らに立つのは、腰までの長い髪を一つに結った女だ。緩い仕種で前髪を掻き上げ、彼を振り返る。
「決めてないんだ。まだ全然頭が働かないんだよね。……やっと、コイツから開放されたばっ

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ただ静かに積もる想いに

 人肌が恋しい。
 ただそれだけの理由で他者を求めた時期があった。今思えば、それは余りにも幼稚で拙い仮初の情愛。空虚で得るもののない行為は、単純作業にも似た疲れを体に残すだけのものだった。
 望んでいた事はただ一つ。嘘でもいい。誰かに求めてもらいたかった。
 窒息しそうな程の息苦しさは、意思に関係なく意識を支配し呼吸を乱す。誘発される目眩にも似た飢えが熱を持続させてくれるはずもなく。ただ一人でもが

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疑似恋愛

 ザァー………
 昼間であるにもかかわらず薄暗かった。雨の所為だろう。朝から降り続く雨が視界を薄暗く曇らせていた。
 人気の少ない湖の堤防。
 一台のセダンが緩やかに停車した。ドライバーは若い女。助手席には同年代か、少し上の若い男だ。カップル………とはまた違った、せいぜい友人程度の関係だろう。
 セダンは、少し迷うような沈黙を挟みエンジンを停止した。小さくエンジンが振動し完全に沈黙する。
 その揺

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眠り

 微かな寝息が薄らと流れるピアノの音色と戯れ、部屋の気配を穏やかなそれへと色付かせていた。わずかに開かれた唇は、その奥に穏やかな体温と安堵を包み込んでいるようでひどくやさしい。
(宝物って………きっとこういうものよね?)
 落ち着いた若草色のソファで俯せに眠る幼い宝物を眺め、彼女は純粋な幸せを噛み締めるように微笑んだ。いつまで眺めていても見飽きることのない宝物は、この部屋から一歩でも出れば例え一瞬

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 貴方を思う時、堪らなく胸が苦しくなる。まるで胸を患っているように。
 キュンとするなんて。可愛いものじゃなく、刺すような痛み。
 痛くて痛くて。でもそんな痛みを感じる事を幸せだと思ってる自分がいる。
 一時で良い。………いや。一瞬で良い。貴方に見てもらいたい。
 そう願うのはわがままでだろうか?
 貴方には迷惑な事でしょうか?
 それでも望んでしまう。自分を見て欲しいと………。

 ああ……

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心の行方

夜に沈む想い すぅ、と視界の狭まる感覚に、彼は他人事のように僅かにうろたえた。それはぼんやりと眺めていたはずのマグカップを中心に、周囲の景色がホワイトアウトするような不思議な感覚。まるで加工された画像を嵌め込んだTV画面のようだ。
 平衡感覚までもが曖昧になってしくような、そんな奇妙な感覚に小さく頭を振る。しかし彼の視界は機械的に狭まっていき………やがて上下が反転した。
「………………ッててててて

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忘れないで下さい

「忘れないで下さい」
 そう、貴方は言いましたね。忘れるはずがないですよ。貴方のことを、この僕が。忘れようとしても、そう簡単には忘れる事なんてできません。
 だって貴方は………、僕の中にたくさんのモノを残していったんですから。
 だから……例えこの世の全ての人間が、貴方のことを忘れたって。
 僕だけは貴方のことを忘れたりしません。
 よく言うじゃないですか?
「墓場まで持って行く記憶」
 って。だ

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猫な気持ち

 陽の当たる公園のベンチに落ち着き、彼はそっと目を閉じた。瞼の裏でもはっきり感じることの出来る陽の光はどこまでもやさしく、穏やかさの象徴ともいえる感触を彼に心地良く知覚させる。
「………落ち着く」
 安堵の溜め息に似た吐息を零し、彼は目一杯に腕を頭上へと伸ばした。そのままの体勢でベンチの背凭れに背を委ね、体を反らせる。その拍子にさらさらと頬に触れた髪の感触がくすぐったいのか、彼は小さく笑みを零した

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光と闇

 不意に立ち上がる夢現の景色。

 深い、深い闇の向こうに、他人事のように浮かび上がる一点の光が視界に鋭く突き刺さる。人らなざる異形のモノ達の姿さえ透かし見えるかと思う程、現実離れしたその景色の中に、彼は自らの後ろ姿を見る。
 理論的にはそんな事は不可能だ。しかし、彼の視界にあるその人物の姿は確かに彼なのだ。目の前のモノを有り得ないと否定するのは容易いことだ。しかし、彼の意識は自らの視界に

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