ただ静かに積もる想いに

 人肌が恋しい。
 ただそれだけの理由で他者を求めた時期があった。今思えば、それは余りにも幼稚で拙い仮初の情愛。空虚で得るもののない行為は、単純作業にも似た疲れを体に残すだけのものだった。
 望んでいた事はただ一つ。嘘でもいい。誰かに求めてもらいたかった。
 窒息しそうな程の息苦しさは、意思に関係なく意識を支配し呼吸を乱す。誘発される目眩にも似た飢えが熱を持続させてくれるはずもなく。ただ一人でもがき続けた時間。
 他者を愛さねば愛されることもない。
 その意味を知ったのは、あれから随分経ってからだった。
 時折、思い出したように胸に訪れる切なさは、今は傍らにある恋人の柔らかな笑みに溶けてその姿を崩す。
「どうかした?」
「なんでもない」
 不意に振り返った恋人に笑みを向け、その手にそっと触れる。
 指先から。手の平から。やさしく伝わる穏やかな体温に、心からの安堵を覚えた。
 甘さの滲む吐息を零し、ゆったりと体を包んでくれるソファに背を預ける。穏やかな時で体を満たすようにそっと目を閉じたのだった。

#小説

いいなと思ったら応援しよう!