猫な気持ち
陽の当たる公園のベンチに落ち着き、彼はそっと目を閉じた。瞼の裏でもはっきり感じることの出来る陽の光はどこまでもやさしく、穏やかさの象徴ともいえる感触を彼に心地良く知覚させる。
「………落ち着く」
安堵の溜め息に似た吐息を零し、彼は目一杯に腕を頭上へと伸ばした。そのままの体勢でベンチの背凭れに背を委ね、体を反らせる。その拍子にさらさらと頬に触れた髪の感触がくすぐったいのか、彼は小さく笑みを零した。
燦々とベンチに降りそそいでいた温もりが、彼の背中をやさしく包み眠気を手招く。その感覚は、時の経過を緩いものとして彼に知覚させ穏やかな沈黙を作り出していた。
「猫の気持ち、今ならわかるな。俺」
目を閉じ、天を仰いだまま呟き彼は控えめに訪れた風の感触に細く目を開ける。
「このまま全部放り出して昼寝するかなー………」
戯れを唇に触れさせ彼は小さく肩を震わせた。その脳裏にはなにが映っているのか、唇は悪戯を含んだ笑みで飾られている。
穏やかな沈黙は、変わらず彼の意識と体を包み時間の感覚を更に緩く感じさせた。その中に意識を漂わせながら彼は、うっかり本格的に誘われそうになった眠気に首を振って目を開ける。
「っと。………そうも言ってられないんだっけな。新規客開拓に行くかなっ」
自らに言い聞かせるように髪を掻き上げ、彼は勢いをつけてベンチから立ち上がった。足元にそっと置かれていた営業用鞄を取り上げ、ついでのようにネクタイの締め具合を確認する。
一つ、誰にともなく頷き、彼は楽しげな色さえ滲ませた足取りでベンチを後にするのだった。