マガジンのカバー画像

ショートストーリー

32
ショートストーリーを中心にまとめたリスト。
運営しているクリエイター

2015年4月の記事一覧

光と闇

 不意に立ち上がる夢現の景色。

 深い、深い闇の向こうに、他人事のように浮かび上がる一点の光が視界に鋭く突き刺さる。人らなざる異形のモノ達の姿さえ透かし見えるかと思う程、現実離れしたその景色の中に、彼は自らの後ろ姿を見る。
 理論的にはそんな事は不可能だ。しかし、彼の視界にあるその人物の姿は確かに彼なのだ。目の前のモノを有り得ないと否定するのは容易いことだ。しかし、彼の意識は自らの視界に

もっとみる

 闇から無数に伸びる腕が手招く。
 おいで、おいで………と。

 狂気を孕んだイタミが全身に麻酔をかけて。
 広がるのは茫漠とした曖昧な感覚。

 どこへ向かうはずだった?
 なにを求めていた?
 欲しかったのはなに?

 記憶までも麻酔をかけられたように、曖昧にぼやけて。
 全ては闇の中。

 求めていたはずのココロは宙に浮き、残ったのは麻痺したイタミ。
 全

もっとみる

羽根

 貴方のその背に生えた羽根は、なんの為にあるんですか?
 いつだったか、そんな意味合いの問いを投げられたことがあった。
 あれはいつだったか。随分昔のようであり、つい数日前のことのようにも感じられる。
 彼はその時、投げ掛けられた問いの真意が掴めなかった。なにを意味する問いであるか理解できていなかったのだ。それでも彼は、それを投げたその者に頷き返した。
 空を飛ぶ為、だと。
 その答えが

もっとみる

幻惑

 「それ」には気を付けた方が良いぜ。
 何故って? たいそうタチが悪いんだよ。聞いたことあるだろう? 魅入られたら二度と抜け出せないモノだってことくらい。
 話に聞く程度の知識で十分さ。現物はそれ以上らしいからな。
 なんたって、「それ」に魅入られた奴らを取り締まったって、取り締まる奴らもひっくるめて魅入られちまうってんだからさ。
 随分オソマツな結果だとは思わないかい?
 ミイラ取りが

もっとみる

幻想の雫

 細く背の高いグラスの中ではじける泡。彼の鼓膜に微かに触れるその音は、どこまでも澄んでいながら……それでいて秘密めいた艶を含んでいた。
(まるで女だな………)
 胸中に零した言葉には、はっきりとした対象があるのか否か。つかみどころのない笑みを唇に触れさせ、彼はそっとグラスを持ち上げた。目の高さにまで掲げられたそれは、静かなその上下運動にも幾分騒がしく弾ける。
 ほんのりと色付いた淡い花色の雫

もっとみる

 流れる景色に身を任せるのは、やたらに楽な事だった。
 彼は今更のようにぼんやりとそんな事を意識の端に考えてみる。
 しかし反面、彼の歩いたその後にはなにも見付ける事ができなかった。きれい過ぎる平坦な道は、ゴミ一つ落ちてはいない。その代わり余りにもきれいで視界の広いその場所には、面白味もなかった。
 良くも悪くも目立たず、中流と言われる地位に甘んじ。平凡な恋人が平凡な伴侶となり、子供の素行で

もっとみる

無限に似た解放

 これが飛び立ったら……帰ることは叶わないだろう。
 押し寄せる絶望と、微かな焦燥。
 せめて、あれに言葉を残すべぎだったろうか?
 不意に去来した思いに、彼はそっと苦笑した。彼の生きる時代は、どこまでもヒトには無情で。そして、きっと後世の人間に嘲笑われるであろう狂気に満ちている。
 だとしても、彼はその時代に生まれたことを後悔はしていなかった。今の「この時」でなければ出会うことの無かった人物と。

もっとみる

残骸

 時雨の景色の中。それはひっそりと時を止めたようにそこにあった。
 半透明のビニール袋へと無造作に詰め込まれ、バラバラになった体を。部品だけになった体を互いに寄り添わせるようにひっそりと。
 彼らがかつて、子供向けのおまけ玩具であったことを伺わせるのはカラフルなその体だけだ。部品が無くなっただけのものは随分と彼らの中ではきれいな方。殆どのものが原形を留めてはいなかった。
 小さな子供の手に遊

もっとみる

白い帳

 望むものがあるならば、その帳の向こうへ行けばいい。
 眼前に広がる、地表を漂う湿気を帯びた白い帳を見詰め、彼女はどこか吐き捨てるようにそんな事を言っていた。それがいつ、どんな話をした後であったか。記憶は靄の向こうに目を凝らすような曖昧さで私の気持ちを掻き乱す。あの時私は彼女になんと答えたのだったろう? 
(思い出せない………)
 遠近感を曖昧にさせる帳の向こうはどうなっているのだったか。視界遠く

もっとみる

夏の抜け殻

 夏の抜け殻が落ちていた。白く陽に焼かれたアスファルトに、ひっそりと動きを止めて。
 なにをするでもなく僕はそれを眺めていた。
「あぁ………」
 思わず零れた言葉の欠片は、なんの感情も浮かんでいなくて。むしろ静寂の中に小さな波紋を起こしただけだった。
(………そういう事なんだね。全ては……)
 どこから浮かんできたのか、以前から疑問に思っていた事の幾つかが不思議に納得できてしまう。答えとしてのはっ

もっとみる

婀娜

「ちょいと兄さん、遊んでかない?」
 雑踏を抜けた先で彼は不意に袖を引かれた。振り返ってみれば艶と唇に笑みを刻んだ女。歌舞いた風の着物がいっそ、嫌味な程よく似合っていた。シナ垂れ掛かるように体を寄せじっと男を見上げる仕草は、男にある種の優越感を覚えさせるもの。
「鷹は夜に羽を広げるものだろ?」
 僅かに笑みを返しただけで、男はからかう言葉を投げてみせる。しかしそれには答えず、女は笑みを崩さない。

もっとみる

刀の錆

 斬って捨てた相手はどれ程になろうか。
 足元はヒトの体液でぬめり、ひどく悪い。体力もそろそろ限界といっていい。既に息絶えた者、呻く者、腕を足を無くした者。地を這うような最期の音を立てながら虫の息を吐き、幾つもの肉塊が無残を晒していた。
 頬に衣に浴びた返り血が、鼻腔を刺激する独特の生臭さが苛立ちを刺激する。刀を握り直す手間を惜しんで、正面と左右後方にいる相手の気配を探った。
 間合いを外した位置

もっとみる