刀の錆

 斬って捨てた相手はどれ程になろうか。
 足元はヒトの体液でぬめり、ひどく悪い。体力もそろそろ限界といっていい。既に息絶えた者、呻く者、腕を足を無くした者。地を這うような最期の音を立てながら虫の息を吐き、幾つもの肉塊が無残を晒していた。
 頬に衣に浴びた返り血が、鼻腔を刺激する独特の生臭さが苛立ちを刺激する。刀を握り直す手間を惜しんで、正面と左右後方にいる相手の気配を探った。
 間合いを外した位置で薄ら笑いを浮かべる相手に、衝動的な笑いが口を突いた。
「………様ないな、あれだけ手勢があっても俺一人にこれか?」
 構えていた刀を下げ、余裕さえ覗かせた目で残る相手に視線を巡らせる。一人ひとりの顔と浮かぶ表情を記憶するように。どの者も今まで斬り捨ててきた相手と大差ない血を好む目をしているが、唯一の違いは、彼の反応に対する驚きと嫌悪。この状況において嗤える彼の狂気に対する恐れが滲んだその表情。
 その様を満足そうに眺めやり、彼は刀の背を染める朱を舐めた。柄に口付け、握り直す。
「誰から斬られたい? 運試しに来いよ」
 露骨過ぎる挑発を投げ、間合いを計る。
 数拍の沈黙が舞い、彼を獰猛な刀が三方向から同時に襲った。

 半刻も経っただろうか。
 彼は遠くから聞こえる川の音を頼りに、頼りなく淡い月明かりを背負い獣道を辿っていた。
 全身軋むような疲れに休息を訴えるが、今はなによりもまず浴びすぎた返り血を洗い流したい。そしてひと時の安全を確保ができる場所を探さねばならない。休息はそれからだ。
 なんとしても彼が命を預けた主の為に、課せられた役目を果たし戻らなければならないのだから。
 ともすれば縺れそうになる足を叱咤し、彼は一人、足を動かし続けた。

#小説

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