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【最終回】 小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(16)

一話目から読む 【前の話】 普段使わない筋肉だったせいか、右腕の筋肉痛は月曜日になっても続いていた。弁当を食べる箸がうまく操れない。 でも、その鈍い痛みがなにかの成果のようで心地よかった。 背後から例の声が聴こえた。 「ちひろさーん、ランチ時間長すぎじゃないかあー。昼休みってのは、仕事をしっかりやった人が初めて取る権利があるものであってさあ」 箸を持つ手に力がこもる。 すばやく振り返って、その声の主を見上げた。 にやけ面にある充血した目を捉えた。 ピクッと細かく

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(15)

一話目から読む 【前の話】 しばらくそのまま歩いていた。グッズがつまった袋のこすれる音が歩みを進めるたびに響く。 「やっぱ自分しかないっしょ」 「え?」 「それでもどうしても消えてほしいって思うなら、自分でやるしかない」 「そこに戻るんですか? 無理ですから。わたし、人殺しなんて」 「できるかどうかなんて、やってみなきゃわからないから」と大きな目を見開いた。 「なんかすごく真っ当っぽいこと言ってますけど、そんなことしたら、わたし、人生終わりますから」  ハル

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(14)

一話目から読む 【前の話】 夕日が赤く空を染め始める中、パーク内を歩いていた。アトラクションから出てくる子どもが横を走り抜けていく。 ハルさんが持つ大きなショップバッグからは、ぬいぐるみと合体した帽子が顔を出していた。その頭を軽く小突く。 「これはさすがにいらなくないすか」 すねた顔をした。 「なんで、そう思うわけ?」 「だって、間違いなくかぶらないでしょ、こんなの」 「花を買った人に、そんなの食べないでしょ、って訊く?」 そう言い放ってハルさんは通路の脇にあ

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(13)

一話目から読む 【前の話】 パレードが通りすぎると、ハルさんは満足した表情を浮かべながらショップコーナーに向かっていった。 ただただ後についていく。嫁と娘の買い物に付き合わされるパパの気持ちってこんな感じなのかなと思いながら。 中に入ると、子どもたちが集まっているコーナーに一切のためらいもなく割り入り、座り込んだ。 「コボたまのアイテム、こんなに増えてるー」 周囲の親から向けられている冷たい目も気にせず、片っ端から手にとっては眺めて歓喜の声を上げている。  しま

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(12)

一話目から読む 【前の話】 3 キラー・パス カーテンから入る明るい光で目が覚めた。慌てて枕元のスマホを見て、今日は土曜日だと、ほっとする。今日はあそこに行かなくていい。 せっかくの週末、一番に頭に浮かべるのがあいつの顔だなんて、最低だ。あわてて頭を振って思考から追い出す。 と同時に、「次は土曜でどう?」という文面を思い出す。  先日届いたLINEは、当然のように次回の予定を尋ねてきた。どうやら彼にとって、わたしはいまだにクライアントのようだ。 もう会う必要など

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(11)

一話目から読む 【前の話】  スマホのアラームを止めて、そのまま通知を見る。  都内のオフィスビルが爆破されたというニュースが表示されてないか、あいつが急死したと訃報メールでも届いてないか、そう考えるのが平日朝の定番になっている。  当然そんな奇跡は起こるはずもなく、朝のルーティンを重い気持ちのまま進めて、いつも通りの時間に家を出た。  オフィスに着くと、まずあいつの気配を察知する癖がついてしまっていた。 今日はまだ来てないようだ。たかだか五分程度のこととはいえ

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(10)

一話目から読む 【前の話】 早口の外国語で大声で話す人たちが、路面店のテラス席から道路にはみ出して酒を飲んでいた。地面には食べカスが散らばっている。 周囲の客も通り過ぎる人たちも苦い顔をしていた。 見るからに柄の悪そうな集団だ。近づかないに越したことがなさそうだけど、狭い道なので、避けようにも限界がある。 遠慮がちに横を通り過ぎようとした瞬間、 一番外側にいる巨体の男が大笑いしてのけぞった。 バランスを崩し、わたしのほうに椅子ごと倒れてきた。 ぶつかる! そう思

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(9)

一話目から読む 【前の話】 「は? クライアント?」 「うん」 「請けないって言ったじゃないですか」 「殺しは請けないよ。 でも、安心して。 あなたの悩みにはしっかり寄り添います」  営業スマイルみたいな微笑みを浮かべている。 急に別の心配が浮上してきた。 だって、さっきから会話がぜんぜん噛み合ってない。 「わたし、何のクライアントなんですか?」 「人生相談」  はい?  「カウンセラー的な? でも、そう呼んじゃうと、日本だと病んだ人が受ける、

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(8)

一話目から読む 【前の話】 「あ、ごめんごめん」  ハルさんはわたしの背中と腹に手をそえて「頭の中で八秒数えて。ゆっくりね」とささやいた。 「前の仕事の影響で、いったん攻撃モードに入ると、畳み掛けちゃうのよ、俺。いけないね、これ、今の仕事だと、いっちゃんやっちゃダメなやつだよね」  手の動きに合わせて呼吸していると、だんだんと身体の脈打ちが落ち着いてくるのがわかる。  苦しさは次第にほどけていった。 「ヨーグルトは七千年前、牛乳にたまたま菌が入ったことが始まりな

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(7)

一話目から読む 【前の話】 「人殺しにコスパがどうって、それもどうかと思いますけど……。 そもそも、さっきタダで請けてきたって言ってたじゃないですか」 「殺しを無料でやるわけないじゃん。 どんなボランティアよ、それ」 「じゃあやっぱり、すごい額をもらってるわけですよね。普通の人じゃ一年でも稼げないような。コスパ悪いとか、それって違うと思うんですけど」 論点がズレまくってるのは自分でもわかってるけど、私もだんだん意地になってきていた。 「そう思うよねー。そー言うよ

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(5)

一話目から読む 【前の話】 「ごめんなさい。あんな公共の場で……」 カフェを出てしばらく歩いてたどり着いた公園のベンチに腰掛けて、わたしはつぶやいた。 ハルさんはうなだれていた。 カフェで受け取ったレシートをヒラヒラと振りながら。 彼のように裏社会で生きる人間にとって、もっとも避けないといけないのは、身元がバレてしまうことだろう。 わたしは一番やっちゃいけないことをしてしまった。 あんなに饒舌だった男が店を出て以来ずっと黙っている。 恐ろしかった。 逃げ出

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(4)

一話目から読む 【前の話】  ハルさんは急いで頬張り始めた。テーブルには、まだパンケーキもチョコパフェもプリンドリンクも残っている。 そして何より、本題が丸ごとすべて残っている。まだ肝心のことについては、一言も話せていない。 声をひそめて言う。 「あの……、何回かこうしてお会いして、みたいなのが必要なんでしょうか?」 「あれ? 電話のほうがよかった系?」 プリンドリンクを飲み干すと、今度はチョコパフェを頬張り始めた。 「え、電話で進めてもらう、みたいなのもある

小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(3)

【前の話】 2 キラー・コンテンツ 「そうそう、観察するって意外と大事なんだよねえ」 仕事を終えて、指定されたカフェに行くと、細身の黒いジャケットに身を包んでいるハルさんが、すでに来ていた。 そして、席につくなり、この一週間に気づいたことを話すよう求められた。 こんな情報が果たして一流の殺し屋のヒントになるのだろうかと思いつつも、ひととおり記憶にあることを伝えてみた。  すると、満足気にうなづき 「よく見てきたじゃん」と言った。 「俺もクライアントをまず徹底的