小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(5)
【前の話】
「ごめんなさい。あんな公共の場で……」
カフェを出てしばらく歩いてたどり着いた公園のベンチに腰掛けて、わたしはつぶやいた。
ハルさんはうなだれていた。
カフェで受け取ったレシートをヒラヒラと振りながら。
彼のように裏社会で生きる人間にとって、もっとも避けないといけないのは、身元がバレてしまうことだろう。
わたしは一番やっちゃいけないことをしてしまった。
あんなに饒舌だった男が店を出て以来ずっと黙っている。
恐ろしかった。
逃げ出したかった。
しかし、それこそ火に油を注ぐようなことになりかねない。
沈黙の中、わたしは思う。
もう終わりかもしれない。
この夜の公園で、わたしは消されるのかもしれない。
「あーあ! コースターとランチョンマットもらうの忘れてきちゃったあ」
突然、ハルさんは頭をかきむしりながら嘆き声をあげた。
「らんちょん……?」
「会期中にあと三回は行きたかったのに! 全メニュー制覇したかったのに! 変な客認定されちゃったかもなあ。出禁になっちゃうかもなあ」
「あの……すみません。
もう店出たんで、その設定、やめてよくないですか?」
頭を抱えたままつぶやいた。
「設定って?」
「その、キャラ好き男子、みたいな設定です」
「はあ?!」
跳ね起きるように上体を起こした。
レシートを持つ手が震えている。
「な、なに、その、俺のコボたま愛は上辺だけ、みたいな言い方!」
「だから、それをやめませんか、って言ってるんです! こっちは真剣なんですから!」
「こっちだって真剣なんだよ! 会社から明らかにプッシュされてなかったキャラが、ついにキャラカフェやるほどまでに成長したんだ! しかも連日ソールドアウトだぞ。今日だって、キャンセル待ちでたまたま入れることになって、どれだけ嬉しかったか、あんたに分かるか!」
「そんなことどうでもいいんです!
一体いつになったら、ターゲットの話を聞いてくれるんですか!」
どうせ消されるなら、言いたいことを言いきってしまおう。周囲に人がいないこともあり、遠慮はなくなっていた。
「プロなんですから、こっちに殺らせるとか言ってないで、さっさと片付けてくださいよ!」
ハルさんの体が脱力していき、ベンチに沈んだ。
「ああー、そっち系かあ」
レシートを持った手だけが宙に残っていた。
「さっき店で、もしかしてって思ったけど、やっぱそっち系かあ」
手をすばやく握ると紙は一瞬でくしゃくしゃっと拳の中に消えていった。
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