小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(3)
【前の話】
2 キラー・コンテンツ
「そうそう、観察するって意外と大事なんだよねえ」
仕事を終えて、指定されたカフェに行くと、細身の黒いジャケットに身を包んでいるハルさんが、すでに来ていた。
そして、席につくなり、この一週間に気づいたことを話すよう求められた。
こんな情報が果たして一流の殺し屋のヒントになるのだろうかと思いつつも、ひととおり記憶にあることを伝えてみた。
すると、満足気にうなづき
「よく見てきたじゃん」と言った。
「俺もクライアントをまず徹底的に観察することから始めるからね」
ターゲットではなくて、クライアントの観察なのか。
ということは、やっぱりわたしも観察されてたということか。
こんなしょぼい奴の依頼なんて受けられるか、そう思われたりはしてないか。心配になってきた。
「ハルさんのクライアントって、きっと、すごい人たちばっかりなんですよね。政治家とか、有名企業の社長とか」
「いやー、ぜんぜん、ぜんぜん。まだ始めて間もないペーペーだからさあ」
ずいぶんとベテランがたくさんいる世界なのだろうか。
それこそ、ゴルゴみたいな人からしたら、ハルさんも若手になるのかもしれない。
「変なお客さんもいっぱいいるよー。
だから俺、金もらうことにしたんだもん。タダのほうが、妙な文句つけてきたりとか、おかしな客の率が上がるんだよね」
驚いた。
「タダで請けてたこともあるんですか!?」
「うん、ちょい前までそうしてた」
「な、なんで、ですか?」
もしかして、わたしも貯金を全額遣わずに受けてもらえるかもしれない。そんな期待で、気持ちが高ぶってしまった。
「だって、好きで始めたことだから」
ゾッとして気持ちは一瞬にして沈んだ。
殺しが好きと平気でのたまう男が目の前にいるのだ。 わたしはもしかして、とんでもない状況を自ら招いてしまっているのではないだろうか。
「キャー! かっわいい〜!」
隣の席の客が歓声を上げて、テーブルに置かれたフードの写真を撮り始めている。
この店、カフェといっても、人気キャラクターを内装やメニューなど全面に展開したいわゆるキャラカフェだ。
BGMはやたらファンシーだし、周りは若い女の子ばかりだ。
わたしたちのテーブルにも、キャラクターの顔がプリントされたパンケーキや、色とりどりのドリンクが並んでいる。
まさかこんな場所で殺しの相談をしているとは誰も思いもしないだろう。
私だって来たときは驚いた。
だからこそ逆に、ハルさんはここを選んだのだろう。
会う直前になって、場所を変更したいと連絡が届いたのも、殺し屋ならではの危機管理なのだと思う。
「このパフェ、世界観守ってるわあ。コボまるが、いっつも持ってるスプーンと同じデザインなんだもん!」
と言いながら、隣の女子高生のように、スマホで写真を撮り始めた。
スマホカバーは、このカフェのキャラだった。そして、ジャケットの下に着ているTシャツにも同じキャラが大きくプリントしてあった。
そこまで徹底して場に溶け込もうとするなんて、さすがプロだ。
「コボたま、かわいいよねー。いっちばん初めに見たときから一目惚れだったんだよねえ」
店内に流れるBGMに合わせてスプーンを振りつつ「えがおで〜えがおで〜 まよわずやっちゃお〜」と口ずさんだ。
そこまで溶け込む必要ある?
さすがに若干引いてしまったけど、この徹底ぶりこそ一流の証なのかもしれない。わたしのような庶民が依頼を受けてもらえるだけでも感謝しなくちゃいけないんだ、と改めて言い聞かせた。
「コボたまは、いつも料理を作り出すんだ。大きな鍋にさまざまな具材を投げ込むんだけど、そのたびにできてくるものがキュートでさ。しかも、料理の裏設定までしっかりブレずに作り込まれているんだよ」
その後もキャラクターにまつわる話が延々と続いた後、ウェイトレスがやってきて「あと十五分ほどでお席の制限時間が終了になります」と告げた。
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