小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(13)
【前の話】
パレードが通りすぎると、ハルさんは満足した表情を浮かべながらショップコーナーに向かっていった。
ただただ後についていく。嫁と娘の買い物に付き合わされるパパの気持ちってこんな感じなのかなと思いながら。
中に入ると、子どもたちが集まっているコーナーに一切のためらいもなく割り入り、座り込んだ。
「コボたまのアイテム、こんなに増えてるー」
周囲の親から向けられている冷たい目も気にせず、片っ端から手にとっては眺めて歓喜の声を上げている。
しまいには、ぬいぐるみと合体した帽子をかぶり始めた。
「どう似合ってる?」
連れだと思われたくないので、顔をそむけていたが、あまりに何度も訊いてくるので、観念した。
「はいはい。似合います似合います」
うれしそうにしている。
かと思ったら一変して難しそうな表情になった。
そして、立ち上がり「ちょっと頭冷やそう」と言いながら、ストア横にあるカフェスペースに入っていった。
遅れて付いていくと、カウンターでヨーグルトパフェを注文していた。
「今日はチョコパフェじゃないんですね」
「コボまるのグッズがついてくるんだ。仕方ないよ」
席につくやいなや、パフェを頬張った。そして、店に流れるBGMに合わせて体を揺らしている。
子どもみたいだ。
キャラクターに大喜びして、いつも甘いものを口にしている。
わたしは対面に座った。
ハルさんの背後には、大きなガラス窓が広がっていて、パーク内がよく見渡せた。
「そんな無防備に背中を見せちゃっていいんですか」
「ドラマの見過ぎだって」
「だって、実際、ハルさんに恨みを持ってる人はたくさんいるわけでしょ?」
「どうかなあ。もしそうだとしても、わざわざこんな場所で狙うメリットがないから」
「まあ、ここにいたら、復讐する気も失せそうですもんね」
テーマパークに来るには最適ないい天気だった。相手が違えば、もっと気分は良かっただろうけど。
「それがキャラクターの持つパワーだよ。どんな世界の、どんな境遇の人も一瞬で気持ちを切り替えさせる」
「そんなにキャラ好きなら、人生相談なんてやめて、そっち方面の仕事すればいいんじゃないですか」
「そんな甘い仕事じゃない。毎年、一体いくつのキャラクターが生まれてると思う? そのほとんどが消えていってるんだぜ。殺し屋業界より、よっぽど残酷な世界なんだよ」
わたしは皮肉交じりに言った。
「その過酷な競争を勝ち抜いてきたエリートたちが、この敷地に集結してるわけですか」
「そうだ。周りを見てみなよ。誰もが、キャラクターという微生物に作用されて笑顔になっている。納豆菌みたいだろ」
いつの間にかわたしたちのテーブルは家族連れで囲まれていた。
「みんな幸せそうですよね」
「まあ、実際のところ、どうかはわからないけどねー」
いろんな家族を見てきたからねえ、理想的に見えて互いに殺し屋を雇うような家族もいたから。ハルさんはサザエさんでも見終わったあとのようなのんきさで言った。
目の前のこの人だって、はたから見たら、ごくごく平凡な人生を歩んできたように見えるだろう。でも、一体どれだけの修羅場を生き抜いてきたかは誰にもわからない。
そのうえで今、この空間でこんなにも楽しそうに過ごしているんだと思ったら、胸の奥のほうが、ちくちくとした。
「なんでなにかと発酵にたとえるんですか?」
「世の中のたいていのことは、発酵で説明できる、ってサマリンガ博士の名言があるんだ」
また出た、と思ったが、触れるのはやめておいた。調子に乗って説明を始めるだろうことは目に見えていたから。
「そもそも、発酵と腐敗の違いって知ってる?」
知りません、と答える私に説明しようと口を開きかけたとき、店の奥からアナウンスが鳴り響いた。
「本日の限定品販売、間もなく始まります!」
ハルさんは明らかにそわそわしだした。
「そんなにほしいなら、全部買えばいいんじゃないですか。たくさんお金あるんですよね」
ことさら冷めた口調で言ったつもりだったが、ハルさんは満面の笑みを浮かべた。
「そういう言葉、ありがたいわあ。背中押してもらえたなあ。そうだよね、まよったらやっちゃお〜、だよね」と口ずさみ、立ち上がると同時に、瞬時に人の間を抜けて、グッズコーナーへ向かって行った。
そして、思っていたよりはるかに早く戻ってきた。袋からはみ出る山盛りのグッズを抱える顔は紅潮している。満足そうにソファに腰を沈めた。
「この日のために、かつての厳しい特訓はあったのかもしれないなあ」と笑った。
窓から差し込んでくる光が眩しくて、わたしは目をつむった。
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