小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(7)
【前の話】
「人殺しにコスパがどうって、それもどうかと思いますけど……。
そもそも、さっきタダで請けてきたって言ってたじゃないですか」
「殺しを無料でやるわけないじゃん。
どんなボランティアよ、それ」
「じゃあやっぱり、すごい額をもらってるわけですよね。普通の人じゃ一年でも稼げないような。コスパ悪いとか、それって違うと思うんですけど」
論点がズレまくってるのは自分でもわかってるけど、私もだんだん意地になってきていた。
「そう思うよねー。そー言うよねー」
ショップバッグからビスケットの箱を取り出し、キャラクターのイラストがデザインされた包装紙をビリビリとやぶき出した。
そういう紙は大切に、はがしたりしないんだ……
「漫画とか映画じゃ、決める瞬間しか見せないもんね。
ターゲットに近づいて一瞬で仕留める、みたいな。
準備とか、後のゴタゴタ処理とか、地味ぃな作業がいっぱいあるのよ。
なのに、そういうのすっ飛ばして、ささっと片付けて気楽〜な稼業、みたいな印象づけ、勘弁してほしいんだよねー。
完全に営業妨害だって」
ビスケットをかじったと思ったら一瞬で飲み込み、二枚目を口に入れた。
「たとえるなら、キャラグッズなんて、絵を貼り付けただけで大儲けでしょ、みたいな話よ。そこに至るまでどんだけ時間かけて育ててきたと思ってるんだっての」
たとえたことで、かえって分かりづらくなってない?
「一円ももらえないのに、炎天下できぐるみ着て踊ったり、大変な思いをしてるのさ。あんたらみたいに、成果が出ようが出まいが、クーラーの中でネット眺めてて時給もらえるのとは違うわけ」
あいつの言葉とオーバーラップして、カチンと来た。
「グチはわかりました! とにかく、依頼は請けてもらえないってことですか?」
ハルさんは急に真顔に戻った。
「はい。廃業いたしました」
「じゃあ、……じゃあ、なんで会ってるんですか。しかも二回も。
前回さっさと断ってくれたらこんな面倒にならなかったじゃないですか」
「そっちの依頼と思わないじゃないー。会ってみても、人殺し依頼してくるタイプっぽくないし。上司の愚痴ばっかだし。
まさか殺すほど憎んでるなんて思わないよー。
あんくらいのことで殺したいとか、若干引いたわ、正直」
苛立ちと恥ずかしさで頭部に血が一気に昇ってくるのがわかる。
でも、言葉が出てこない。
「ひどいクライアントにはさんざん会ってきたけど、動機のチンケさでは、なかなか会ったことないよ。あんたナンバーワンだ、世界一だ!」
どう言い返せばいいのか、どこから反論すればいいのか、そもそもわたしに怒る権利があるのか、考えれば考えるほど、何も浮かんでこなかった。
だんだんと心臓の鼓動が早くなる。
息が短くなる。苦しい。
眼の前が霞んでくる。呼吸がうまくできない。
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