小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(8)

一話目から読む

【前の話】

「あ、ごめんごめん」

 ハルさんはわたしの背中と腹に手をそえて「頭の中で八秒数えて。ゆっくりね」とささやいた。

「前の仕事の影響で、いったん攻撃モードに入ると、畳み掛けちゃうのよ、俺。いけないね、これ、今の仕事だと、いっちゃんやっちゃダメなやつだよね」 

手の動きに合わせて呼吸していると、だんだんと身体の脈打ちが落ち着いてくるのがわかる。 

苦しさは次第にほどけていった。


「ヨーグルトは七千年前、牛乳にたまたま菌が入ったことが始まりなんだって」

突然何を言い出したのか、意味がわからず、それを発している顔を見た。

「はじめて飲んだ人はどんな気持ちだったんだろう。食べ物の歴史の偉大なる一歩と思ってたのかな」

「なんで今、その話するんですか?」

ハルさんは手を離した。

「前の仕事でヤバいなって状況に陥ったとき、よく考えてたんだ。
あまりにどうでもいいことだから、気持ちを切り替えるのにちょうどいいんだよな」

落ち着いてきた頭の中で、思う。

たしかに、どうでもいい。


 花火を始める若者たちが大勢やってきたので、公園を離れ、裏通りを歩き始めた。わたしは小さく頭を下げた。 

「ちょっと気が動転しちゃって、失礼なこといろいろ言ってすみませんでした」 

元、とはいえ、殺し屋だ。怒らせていい相手じゃない。嫌悪感を残すようなことだけは避けたかった。 

「いやいや、こっちも、まだまだ未熟だと思い知らされたわ。これじゃ、前職でも金メダル、新しい仕事でも金メダル、は遠いよね」 

いちいち言うことがダサいよなあと思いつつ社交辞令で「新しい仕事はなにをされてるんですか」と聞いてみた。

すると、「またまた冗談いってー」とわたしの腕をこずいた。
痛っ。

軽くこずかれただけなのに、肘の骨を通して左腕全体がしびれた。

「わかってるくせにー」

左腕をさすりながら「いや、ほんとにわかんないんですけど」と言った。

「はいはい。いいですよ。殺しは請けないとはいえ、大事なクライアントさんだからね」 

「は? クライアント?」

続く


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