小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(15)
【前の話】
しばらくそのまま歩いていた。グッズがつまった袋のこすれる音が歩みを進めるたびに響く。
「やっぱ自分しかないっしょ」
「え?」
「それでもどうしても消えてほしいって思うなら、自分でやるしかない」
「そこに戻るんですか? 無理ですから。わたし、人殺しなんて」
「できるかどうかなんて、やってみなきゃわからないから」と大きな目を見開いた。
「なんかすごく真っ当っぽいこと言ってますけど、そんなことしたら、わたし、人生終わりますから」
ハルさんはいたずらっぽく笑う。
「それを俺にやらせようとしてたわけー? しかもお金で解決ぅ?」
わたしの手には、コーンを包んでいた紙が残っていた。
両手で小さく折りたたんだ。
「そうですよね。よくなかったなって思います。
あくまでハルさんがわたしには関係ない人だったから、お金払ってどうにかなるならお願いしたいって思ってましたけど、こうやって何回か会って、いろんな事情とか聞いちゃうと、もう、犯罪とか頼むなんてありえないなって思います」
「マジメだねえ、ちひろちゃんは」
ハルさんは小さく笑った。
その次の瞬間、わたしの目の前に凄まじい勢いでカタマリが飛んできた。
とっさに目をつぶる。
耳の奥で甲高い音が鳴り響く。
そして、おそるおそる目を開く。
そこにあるのはハルさんの拳だった。
首筋から背中に汗が流れ落ちる。
ようやく焦点が合うと、拳にはアイスの棒が握られていた。
しかも、その先端は尖っている。
いつの間に、そんな凶器に変えていたのか、全く気づかなかった。
わたしの体はまだ硬直していた。
かろうじて視線だけ左に動かすと、目を細めて微笑む顔があった。
ハルさんはわたしの手から紙を取りあげ、すばやく丸めて投げた。
きれいな軌跡で通路脇のゴミ箱に入る。
「その上司を殺すかはさておき、覚えておいて損はないよ」
持っていた棒を、わたしの手に握らせた。
「人殺しの作法」
そして、さっき買ったぬいぐるみの帽子を取り出し、自分の頭にかぶった。
「身長180cmだとちょうどこんなもん」
頭の上にあるぬいぐるみの側面を指差し、「だいたいこのあたりが首筋」と言った。
「棒の先端を、ここに突き刺せば、三分以内に絶命する」
横を親子連れが笑いながら通っていく。
きっとわたしたちはいい歳して、おちゃらけて遊ぶバカなカップルに見えているのだろう。
「やってみ?」
そんなことを言われても動けなかった。
ハルさんは自分の胸を人差し指でつついた。「心の中に、微生物を投げ込んでみる。そいつがプツプツと作用していく様子をイメージするんだ」
こんなときまで発酵か。
思わず笑ってしまった。
体の中心がゆるんでいく。
右手に力を込めて右脚で地面を蹴り、すばやくハルさんに近づいた。
「あー、それだと察知してよけられるわ」
わたしの左脚を軽く叩いた。
「もっと力を抜きながら、一瞬で踏み込む。その感覚が大事」
「あのさ、ハルさん」
「ん?」
「この棒、アイスの汁ベトベトで、集中できない」
ハルさんは笑った。
「そりゃ悪かった」
水道で洗って、そして、何度も挑戦しているうちに、ちょっとずつコツがつかめてきた。
通路を照らす色とりどりのライトの下で、わたしは殺人の手ほどきを受けた。
元・一流の殺し屋から。
そして、合格の言葉をくれるとともに、「ほれ」と言って、わたしの右手をつかんだ。
アイスの棒と引き換えにデコボコしたものを右手に置いた。
「頑張ったごほうび」
手を開くと、コボたまのイラストがデザインされた小さな袋があった。
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