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【読書ノート】60 「インド―グローバル・サウスの超大国」

著者は長くインドを研究する経済学者で、近年「グローバル・サウス」と呼ばれる世界1位の人口と世界5位の経済力であるインドの入門書。インドの経済、社会、内政、国際関係などについて読みやすい文章でバランスよく網羅している。インドについては知らなかったことが多々あったので学ぶことが多い1冊。やはり20年ほど前の貧困大国のイメージとは大き変貌しており、国内の貧困や格差は残っているものの、様々な方面で世界に影響を及ぼしている姿が良く理解出来る。中国、ロシア、米国との外交の検証によると、中国とは国境問題で小競り合いが続いており、ロシアとは強い二国間関係が構築されており米国の比ではない。今後も独自の外交を続け近隣諸国と世界に益々大きな影響力を及ぼすことになると思われる。インドの強大化に伴い「チャイナ・ウォッチャー」ならぬ「インディア・ウォッチャー」の数もこれから増えていくのではないのだろうか。


目次
第1章 多様性のインド―世界最大の民主主義国家
第2章 モディ政権下のインド経済
第3章 経済の担い手―主要財閥、注目の産業
第4章 人口大国―若い人口構成、人材の宝庫
第5章 成長の陰に―貧困と格差、環境
第6章 インドの中立外交―中国、パキスタン、ロシア、米国とのはざまで
第7章 日印関係―現状と展望


以下、気になった個所の抜粋:

中国との外交関係(アルナチャル・プラデシュ州の重要性)

モディ政権は2014年の発足以来、中国との国境付近のインフラ整備を進めており、北部ラダックの国境周辺道路やシュキム州の空港、北東部アルナチャル・プラデシュ州のインド最長の橋などの大型インフラを次々と完成させていた。 こうした中国との国境にフラ整備するは、これまでのインドの政権がやってこなかったことであり、インドの考えていた以上に中国を刺激した。
過去を振り返っても1962年の中印国境紛争はゴア併合の翌年に起きてるし、75年の印中衝突もインドのシッキム王国(ネパールとブータンと中国領チベットに隣接)の併合直後に起きている。

180-181
東京新聞より

・・・インド国境における。 中国の動きを理解するで、必要なのは中国共産党にとってチベット問題の重要性である。 チベット周辺地域の最終的な併合は中国共産党にとって究極の野望である。 このチベット周辺地域とは「チベットを掌とするラダック、ネパール、シッキム、ブータン、アルナチャル・プラデシュ州の5本の指」であり、その中でもチベット仏教徒にとって聖地であるタワンを抱えるアルナチャル・プラデシュ州は中国にとって最も重要性が高い。1962年の印中紛争はあるアルナチャル・プラデシュ州とラダックで起きたし、75年の両国の衝突もアルナチャル・プラデシュ州で発生した。2020年6月の武力衝突が起きたのはラダックであったが、22年12月には2年半ぶりの両軍の衝突がアルナチャル・プラデシュ州のタワンで起き、両軍に負傷者が出た。

182

・・・「中国の台湾併合に続くのはインドのあるアルナチャル・プラデシュ州の併合」という見方もあるが、インド政府は表だって台湾問題に触れるのを注意深く避けている。 ・・・万が一の「台湾有事」の際にも、インドの積極的な協力は期待できない。とはいえ、前述のように中国の兵士30万人がインドとの国境紛争に注力していることは、少なからず「台湾有事」の抑止力になっている。

196

ブータンとの関係

これまでインドの政権は経済的利益の少ない南アジアの周辺国より、欧米や日本などの主要国を重視してきた。しかし、先に述べたように、その間隙をつくかのように、資金力にモノを言わせた中国がインドの周辺国に接近している。 中国とインドの間に位置するブータンは「幸せな国」として世界的に知られている。しかし内実はインドの属国と言うにふさわしく、インドが1998年に核実験を行った際も、ブータンは国連決議の場でインドを支持した。 ブータンの国家予算の半分はインドからの財政支援に頼っており、インドから見ても、その全世界向けの 対外援助の総額の4分の3がブータン一国に供与されてるように、インドにとってブータンの重要性は極めて大きい。

196-197

ネパール・バングラディッシュとの関係

ネパールでも、中国の影響力が拡大している。2020年には、新中派で知られるオリ首相がインドとの係争地帯を自国領とする新しい地図発表し、インド政府を激怒させた。・・・21年にオリ政権は崩壊して、新インドがネパール会議派のデウバ政権が誕生したが長続きせず、22年12月には親中色の強いネパール共産党毛沢東主義派のブラチャンダが首相となり、 インドにとって再び懸念すべき事案となっている。
バングラディッシュもインドの市民権改正法を「イスラム教徒への差別」として反対しており、その間隙をつくかのごとく、中国がインフラ整備のための支援を拡大している。 ネパールと同様に、インドが油断しているうちに、バングラディッシュも中国の一大支援先となっていた。

198

ロシアとの関係(ウクライナ戦争の影響)

2022年2月24日のロシアのウクライナの一方的な侵攻は、全世界に衝撃を与えた。国連安全保障理事会では、ロシアを批判して即次撤退を求める決議の採決を行ったが、インドは中国UAEと並んでこれを棄権した。その後も国連の非難決議でインドの棄権は続いた。 ウクライナ侵攻と欧米の経済制裁後、ロシアはインドに対し、原油を大幅な割引価格で 売却することを持ちかけた。 インドはロシア産原油を1バレルあたり35ドルという大幅の値引き価格で購入する契約を結んだ。・・・インド国内では「今回のウクライナ危機はロシアと西側の戦いであり、インドがロシア産原油の購入を手びかえる必要はない」という世論が強く、米国の国務省の理解も得た上で、インドは結論したという。
その後もインドはロシア産の原因を輸入を増やしており、ロシアがインドの原油総輸入の占めるシェアは2021年の1%から23年には25%にまで増加した。ロシアからの原油購入の代金の決済の多くはドルで行われてきたが、ルビーとルーブルによる決済を行うという計画も出てきている。西側諸国から経済制裁で輸入が止まり、ロシアでは中国だけでなく、インドからの代替品の輸入を計画しており、ロシアとインドの間を自由貿易協定の可能性についての報道も出てきているなど、苦境に陥ってロシアとインドとの絆は強まっている。

205-206

米国との関係

こうしたことから、インドは米国陣営に参加するのでなく、これまでのような「戦略的自立性」の外交を基本としつつ、その範囲内でロシアを刺激することなく、徐々に米国への接近を詰めていくと考えるのが妥当な見方である。2018年から22年のインドの平均ニュース先に占める米国に比率の11%に過ぎなかったが、その比率は徐々に確実に上昇し、米国の軍事技術のインドへの移転も加速していくだろう。

日本にとって東南アジアが製造機(ハードウェア)のグローバルチェーンの要であると同じように、米国にとってインドはソフトウェアのグローバルチェーンの要と言える。米国が世界のリーダーである最先端のソフトウェア技術は軍事産業を支えており、それ支えてるのがインドであることを考えれば、このソフトウェアにおける米印の結びつきがビジネス面だけでなく国家戦略の上でも極めて重要なことは容易に理解できる。

218

アフガニスタンとの関係

パキスタンの西側に位置するアフガニスタンの問題もインドにとっては重要である。 2021年8月の米軍の唐突なアフガニスタン撤退と タリバン政権 の成立は、インドに大きな衝撃を与えた。01年にアフガニスタンに米国の傀儡政権が成立して以降、インドの宿敵パキスタンを西側から牽制することが可能になり、インドには親米国アフガニスタンに巨額の経済援助を行ってきた。 あまり知られていないが、アフガニスタンは長い間インドにとってブータンに次ぐ第二の援助先であった。 過去20年間にインドがアフガニスタンに支援した金額は3000億ドルに及ぶ。

援助案件の数は400に及ぶが、その中で最も重要な案件はアフガニスタン西部のデララームと、イランと国境に接するザランジ間の218キロが幹線道路である。これはイランのチャバハール港とインド西部のグジャラート州の間を航路で結び、 パキスタンを経由することなくアフガニスタンに至るための戦略的ルートである。このチャバハール港は、中パ経済回路(CPEC)の要であるパキスタンのグワダール港に対抗してインドが建設を進めてきた湾港で、ここからインドのグジャラート州まで航路で輸送できる。

・・・米軍のアフガニスタン撤退は、こうしたインドの対アフガン政策の努力は全て水泡に帰す結果に追い込んだ。タリバン政権発足により、これまでの巨額の支援が無駄金となっただけでなく、対アフガニスタン外交を全くのゼロから出直しとなったインド政府の徒労感は想像に余りある。

222-224

(2024年2月29日)


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