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「歌うように」演奏するためには(その3)
Twitter(現X)で少し前に『「もっと歌って!」と言われても歌って聴かせることは難しい』といった話が盛り上がっているのを目にしました。
そちらで盛り上がっていることに触れる気はありませんが、僕自身が「歌う」とは何か、そうした演奏をしてもらうためにレッスンでどんなことを実践しているか、どのように考えるかを書きました。そちらもぜひご覧ください。
前回の2回の記事で、ある程度の材料が揃ったので、それらを元に実際に歌うためにはどんな要素が必要かを書いてみたいと思います。ちなみに具体的な実践方法などまではあまり言及していませんのでご了承ください。
もっと歌って、というアドバイスでは無意味
重要なのは単に奏者自身が気持ちよく歌うための話ではなく、演奏表現として聴く人が「歌っている」と感じてもらえる客観的に説得力のある演奏をするには、という目線であることを忘れてはいけません。
そのためには、西洋音楽の理論、音楽に関する様々な知識と経験、そして奏法面での演奏技術が必要になります。なので、レッスンや合奏などで講師や指揮者が歌い方をまだあまり理解できていない生徒さんへ「もっと歌って」と言ったところで歌える人はほぼいません(それで歌えるなら最初から歌ってるはず)。
歌って聴こえる演奏をするためには、作品や場面によってもそのアプローチは違いますし、(根幹部分は同じだとしても)その表現方法は無限にあります。したがって、僕がレッスンでcantabile(カンタービレ=歌うように)についてレクチャーする場合、それらの中の要素どれかひとつにテーマを絞って解説するようにしています。それを繰り返し、いくつもの情報や技術が積み重なり関連し合うことで少しずつ歌う演奏ができるようになるのだ、と考えています。
歌って聴こえるために必要な要素
では具体的に歌う表現にはどのような技術や知識が必要か挙げてみたいと思います。結構ありますよ。
・フレーズ感
音楽がどこからどこまでが一括りなのかを考え、それを演奏に反映できる力が必要です。フレーズのピーク(一般的には「頂点」と呼ばれることが多い)を理解し、そこに向かってどのようなアプローチをするか、またピーク以降をどのように表現するのか。
「フレーズ感」と言う話題になるとどうしても1つのフレーズ内についてのみ意識が向きがちですが、フレーズからフレーズへの繋げ方をどのように表現するかも重要です。
・アーティキュレーションの解釈と表現
スラーの付け方やアクセント、スタッカート、テヌートなどの記号をどのように解釈し、演奏に反映させるか、その表現技術も大切です。アーティキュレーションは、「書かれていなくてもそうなるけど敢えて書いておくよ」、と言った作曲家のアカデミックな目線や保険的な意図で書かれているものから、「普通はそうは演奏しないけれど、この場面は敢えてこのように表現してください」というイレギュラーな場面での指示まであります。それを見抜ける力も必要です。
・ダイナミクス、クレッシェンド等
フォルテやピアノなどのダイナミクスの表現もアーティキュレーション記号と同じです。ただし、単に大きい/小さいデシベルという解釈ではなく、記号の中には喜びに満ちたフォルテ、優しい心を持ったピアノ、接近してくる緊張感のあるクレッシェンドなど様々な意味が込められていると考えるべきです。
また、音の質や密度など、いわゆる「コア」と呼ばれる音の部分をどのように演奏するかもダイナミクスに影響を与えます。
西洋音楽の基本は音を持続させることです。奏法面のクセで音をひとつひとつ押してしまったり、音を抜いてしまう人がいますが、そうした演奏は日本の民謡や演歌の表現に多様されるもので、西洋音楽と相性が悪い場面が多いです。
・呼吸の音楽的表現
演奏中のブレスをどのように扱うか。これも音楽的表現に影響を与えます。吹奏楽部経験者に多い印象ですが「ブレスはできるだけしないほうがいいもの」という解釈に陥りがちな演奏になりがちです。多分それはメトロノームによる練習の弊害。メトロノームは呼吸を感じてテンポの緩急をしてくれないので、音楽的表現との相性は最悪です。
特に吹奏楽部ではメトロノームのクリック音に正確に狙って音をはめ込む練習をしすぎるために人間味のない(隙のない)演奏を作ることこそが良い音楽と勘違いしがちです。しかしそれではブレスをするタイミングが生まれません。
場面にもよりますが本来ブレスは音楽の中に織り込まれているべきのものです。
・休符の表現
休符は単に「音を出さない瞬間」というだけではなく、音楽の間を作り出す大切な部分です。演奏をしているとどうしても音符ばかりに意識が向きがちですが、音がない瞬間を音楽的に表現できなければ歌って聴こえる演奏はできません。
・テンポの緩急(アゴーギク)
テンポは最初から最後まで均一ではありません。少し時間をかけていく部分もあれば、興奮して前に行く時もあります。これらはフレーズの中で行われることなので、いわゆる「フレーズ感」を出す時に必要な要素です。
・調、和音、和声の知識
フレーズの緩急と関係が深いのが和声です。和音はひとつの音の積み重ね(=コード)で、そのコードが何らかの順序を持って並ぶと和声(=コード進行)と呼ばれます。
例えば、ドミナント(属音、属和音)からトニック(主音、主和音)へと進む部分を「緊張→解決」と呼ぶことがあります。緊張している時間は音を抜いたり、持っている音価よりも早く先に進んでしまうと違和感があり、一方で解決した音をドミナントより大きくしてしまうと幼稚な演奏に聴こえることがあります。
さて皆さんは属音やら主和音と言われてピンときますでしょうか。また、これらは調によって音も和音も変わりますので、調の知識がなければその先のことも理解できません。
音楽をやっていると必ずこうした部分にたどり着くので、すべての音階をトランペットやピアノで弾けるようになるなど、楽典的な知識を実演に繋げていくことが必要になるわけです。
楽典は単なるペーパーテストや教科書と思われがちですが、実際の演奏と強くつながっていなければなりません。
・ヴィブラート
歌う表現と言えばヴィブラートです。ヴィブラートの基本的なかけかたについては方法を正しく学び、練習を重ねていくしかありませんが、実はヴィブラートをかけること自体はそれほど難しい技術ではありません。
それよりも、場面や、作品の作られた時代、国、そして合奏等の立場(パート)や周りとのバランス、個人のイメージによってかけかたを変化させる(もしくは使わない)判断やセンスを必要としている点が難しいのです。
・作品を理解する
ヴィブラートのかけ方にとどまらず、総合的にその作品がどんなスタイルなのかを理解していることが大切です。厄介なのが、音楽はどの時代もどの国もその作曲家も基本的には誰もが同じように五線譜に音符を書くことで作品を記録します。なのでパッと見ると全部同じ「楽譜」に見えてしまうのですが、演奏する前に作品(作曲経緯)や作曲者、その時代や国の背景を調べて理解しておくことが大切です。
・たくさんの演奏を聴くこと
しかし、国やら時代やらを調べたところで何をどうすれば良いかわかりませんよね。だからたくさんの演奏を聴くわけです。世界中の素晴らしい作曲家が残した素晴らしい作品を、素晴らしい演奏者の手によってどのように表現されるか、されていたかを知るためには、もう聴きまくるしかありません。
同時に今の時代ではそれをどのように演奏しているのか、どう解釈するのかも知っておくべきです。
過去の音源をたくさん聴くことも大切ですし、コンサートホールで生の演奏を聴くことも非常に大切です。
YouTubeで演奏を聴くのも悪くはありませんが、その奏者が誰で、どこの国のいくつくらいの年齢で(音源が作成された時はいくつくらいで)など、どんな人なのか必ず調べましょう。基本的にはプロの演奏を聴くようにしてください。また、1つの作品につき1人の奏者の演奏しか聴かないのは偏った解釈に陥るため、絶対に避けます。できる限り多くの奏者の演奏を聴くようにしましょう。
望ましい順序は「実践的答え合わせ」
歌って聴こえるために必要な要素について細分化して解説しましたが、演奏しながらこれらのことをひとつひとつ考えているわけではありません。
僕のレッスンでは感覚的、抽象的な言葉はあまり使わず、理論的な側面について具体的に解説することが多いのですが、僕自身が演奏している最中にガチガチに理論的に演奏しているわけではなく、楽器から口を離して「今の演奏はどのようにして実現したのか/失敗したのか」とフィードバックし、検証するなどして紡ぎ出した考え方と実践です。
ですから、順序としては、音楽的、感覚的なものから具体的、感覚的なものへと形を作っていった流れです。
なので、まずは心の底から音楽を感じ、それを聴く人へ伝えたいと思う強い意思を持ちながらどんどん解放した演奏をして、それを録音をするなどしてフィードバックし、納得いかないことがあれば今回の記事で挙げたいくつかの可能性について考え、検証し、また演奏してみる、といった「実践的答え合わせ」によって掴んでいくほうが良いと思います(人によります)。
また、やりすぎは禁物ですが好きな奏者の演奏に合わせて自分も吹いてみると、どれだけ緩急をつけているのか、フレーズを表現しているのかがわかると思います。
ぜひ様々な角度から「歌う演奏」ができるよう練習してみてください。
また、特に今回の細分化した考え方についても含め、毎月複数回土日祝日に開催しております単発参加型レッスン「トランペットツキイチレッスン」で「歌う演奏」を実践的に身につけてみませんか?
ツキイチレッスンは内容自由ですので、もっと歌った演奏をしたい、と思っている方、ぜひご参加ください。
開催日、お申し込みはこちら
お待ちしております!
荻原明(おぎわらあきら)
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