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短編集

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ジャンルごったまぜの短編集です。
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記事一覧

目隠しオオカミ

目隠しオオカミ

何も考えないように生きてきた。
生まれついた時にすでにこのように定められていたのだから、自分がどう思おうとどうしようもなかった。
ただひっそりと目立たぬように、人を避け、夜を避け、景色に混じり込むようにして生きてきた。
生き方そのものが決まっていると、不満というものもさほど感じなかった。
それなのに、それは起こってしまった。

──このクラスの中に、人狼がいる。

俺の牙も、爪も、血に濡れてはいな

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おにぎり

「お母さん、今日の朝ご飯なあに?」

朝の眩しい光を浴びた娘の髪に、きれいな天使の輪ができていた。
それをなんとはなしに見つめながら、「あじの開きよ」と口が勝手に動く。

──お母さん。

そう自分が呼ばれるようになって、どれくらい経っただろう。
実家を出てからもう十年以上が経ち、今の主人と一緒になってからは八年。
娘ももう七歳になる。
女の子は口が達者だというけれど、うちの子もその例に漏れず随分

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静かな生きもの

朝早く目覚めて、窓を開けると涼やかな風が頬を撫でた。六月でも朝はまだ涼しく、心地よい。朝日をもう少し浴びようと外の景色を眺めていて、ある一点で目がとまる。
そこにあるのはもちろんいつもと変わらない景色のはずだった。けれどぽつん、と胸の中に何かが落ちる。

『実は、引っ越すことになったんですよ』

穏やかな顔で笑う初老の男性。
つい昨日まで、我が家のご近所に住んでいた人だ。
私の家から、その人の家は

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ひらり、ひらりと舞うそれは

ひらり、ひらりと舞うそれは

「追いかけてくるんです。今もほら、聞こえませんか?」

そう言う彼女の声があまりにも真剣で、何も聞こえなかったけれど笑い飛ばせず耳を澄ますふりをした。私のそうした態度はあまり上手いものではなかったと思うのに、彼女はその色素の薄い瞳を期待にきらめかせている。二重のくっきりした瞳は全体的に存在感の薄い彼女の中で、そこだけ強く存在を主張していた。
(どうにも弱ったね……)
耳を傾けたところで、私には何も

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顔をあげると朝日が昇るところだった

この光を彼女も見ているかもしれないと思うと涙がこぼれた

彼女と離れてからもう15年が経とうとしている
そろそろいいと思うのだけど神さまのご機嫌はいかがですか


彼女が生まれ変わるその日には
どうかぼくに電話をください

おおざっぱな男のはなし

おおざっぱな男のはなし

あたし、ちょっとおおざっぱなところがありまして。
自分では気に入ってるんですよ? そんなところも。
けどこれが、仕事のこととなるとめっぽう困る。
相手様がいる仕事なんで、そちらに迷惑がかかるってこたぁあるんですが、
それだけじゃあない。
あたしも困ったことになるんですよ、これが。
つい最近もそんなことをやっちまってね。ちょっと聞いてもらえますか。

あれは大ぶりの雨の日でした。
近頃じゃあ、豪雨と

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だから私は空を見上げる

だから私は空を見上げる

※ややグロ注意

田んぼのあぜ道を歩いていた。
私の横を、涼しげな音を立てながら水が流れている。水路だ。
じりじりと這い上がってくるような暑さにはうんざりしていたけれど、この水音のおかげでいくらか気持ちは穏やかだった。
そういえば、昔はあぜ道を歩くだけで一匹や二匹青蛙に出合ったというのに、何時の頃からか見かけなくなった。あの蛙たちはどこにいってしまったのだろう。

暑さのせいでしおれた下生えを踏む

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個体と個体の話

個体と個体の話

ここに一つの個体がある。

彼がそう話し始めたので、これは長くなるなと私はお茶をいれにかかった。
片手間に聞いているのが見るからにわかっただろうに、彼は気にした様子もなく台所の椅子を引いてお茶が入るのを待つ体勢だ。
ようは、長くなることは確定しているということだろう。
かといって、ここで話を聞かないと途端にむくれる。
ゆえに付き合うことは必死なので、やはり私はお茶をいれるしかなかった。

「どうぞ

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この世界に一人きり。

この世界に一人きり。

──受信メール なし

なんの変化も訪れないスマートフォンの電源を落とし、ほんの一秒ほど目を閉じてみる。
そうすると、目の前は暗くなりまるで世界に存在しているのは私一人かのような錯覚に陥った。

誰からのメールも来ない時、私はいつもこんな風だ。

大げさだろうか。
用事がなければメールなんてしない。それは私もわかっている。
けれど、何も家族や友達からのメールが欲しいだなんて贅沢を言っているわけじゃ

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私の選んだ13日。

私の選んだ13日。

「あの、ちょっとやめてもらえませんか」

どうしようもなくなって声をかけると、私を跨ぐようにして言い争っていた二人の男性が勢いよく顔をこちらに向けた。
ちょっと待って。どうして私が邪魔をしているみたいになっているのか聞きたい。そもそも、あなたたち立っている場所がおかしいことに気づいて。

男性二人は道路の端っこ、つまりはコンクリートの上に仰向けに倒れ込んでいる私の上に立っている。
踏んではいないけ

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楽しみにしていて

辛い時ほど上を向け、とわたしに言ったのは誰だっただろうか。

握り締め過ぎて白くなってしまった拳を広げると、一気に血が流れ始めて赤と白が入り交じった手の平はまるでひき肉のように見えた。
案外えぐいなとそれを見下ろしていると、何もかもがどうでもいいような気分になっていく。
手をつけていない山積みの宿題も、鉛筆で何回も上からぐちゃぐちゃに書き消した進路希望表も、昨日言われた心ない言葉も、全部が同列のよ

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ぼくはなににもなれない

きみが横で泣いている時、うまい慰めの言葉が見つけられない。
大丈夫だよ、とか、ぼくがいるよ、とか。
言っても気休めにしかならない気がするし、きみが泣いている本当の理由を知らないから怖くて言い出せない。
だって、もしきみが泣いている理由がぼくだったら、声をかけることすらいけないことのような気がしてしまうから。

だから、今日もぼくは何も言えない。
そんなぼくを見かねて、きみはたまに顔を上げる。

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あめあめ ふれふれ

あめあめ ふれふれ

──雨が、降っている。

夕方から降りだした雨は、深夜になってもぽつぽつと立ち去るのを嫌がるように降り続いていた。
アパートの壁は薄く、寝室で横になっているにも関わらず雨音がよく聞こえる。目を閉じると空の下で眠っているような錯覚を覚えるほど、はっきりと。さすが築20年は伊達じゃない。

雨にはあまりいい思い出がない。
雨は、いつだって私の大切なものを奪っていく。
幼稚園の時の遠足、小学生の時の登山

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切り取られた時間

切り取られた時間

小さい頃から、人が何をしているのか気にするような子供だった。
人の目が気になるとか、人と同じじゃなきゃと考えていたわけじゃない。
むしろ、自分が浮いていても気づかないような気質だったくせに、ふと、みんなが何をしているのかが気になって不安になった。

小学校から帰ったら、何するの?
ご飯の時間まで何してるの?

子供の頃は素直に口に出して、その度にみんなから「普通にしてるよ」と言われて首を捻っていた

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