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あめあめ ふれふれ

──雨が、降っている。

夕方から降りだした雨は、深夜になってもぽつぽつと立ち去るのを嫌がるように降り続いていた。
アパートの壁は薄く、寝室で横になっているにも関わらず雨音がよく聞こえる。目を閉じると空の下で眠っているような錯覚を覚えるほど、はっきりと。さすが築20年は伊達じゃない。

雨にはあまりいい思い出がない。
雨は、いつだって私の大切なものを奪っていく。
幼稚園の時の遠足、小学生の時の登山、中学生の時には修学旅行に出るというその日に豪雨となり、乗るはずの飛行機が飛ばなかった。
おかげで東京に行くはずが湯布院で温泉に浸かることになった。今の年なら温泉もいいと思えるけれど、都会に憧れていた思春期の純情を返してほしい。
高校生の時はもっとひどい。
長く降り続いた雨のせいで地盤が緩み、家のすぐ裏の山が土砂崩れを起こして家が半壊したのだ。幸い家族は全員無事だったが、あんな恐ろしい思いは二度としたくない。
さすがに神様もこれくらいで勘弁してやろうと思ってくれたのか、大学生になってからは少し手加減されはじめて、デートの日に限って雨が降る程度にはなった。
会社に勤めるようになった今は、雨にまつわる思い出がまだない。
会社主催のお花見が開催される度に「明日は頼むよ?」、といじられるのはノーカウントでいいだろう。

「ねえ、雨降るかな」
「……明日?」

とっくに眠ってしまっていたかと思ったが、思ったよりはっきりとした返事が隣から聞こえた。
深夜だからか、部屋の中が真っ暗だからか、いつも以上にその声は低く、甘く響く。

「うん」
「……降ると思う」
「天気予報?」
「見てない」
「じゃあなんで」
「明日たのしみ?」
「うん」
「明日は雨だ」
「ひどっ! 雨女って言いたいの?」
「雨に愛されてるって思えば?」
「嬉しくない」
「……じゃあ、なんで6月にしたの」

小さな笑い声が耳をくすぐった。
寝返りを打つ気配がし、横向きになった腕に抱き込まれる。
シーツも毛布もその腕も、雨の湿気を吸ってしっとりと私の肌に馴染んだ。

「雨でもいいんじゃないの」
「……やだよ」
「俺はいいよ」
「雨好きなの?」
「んー……雨っていうか、俺の好きな子がいつも雨しょってくるから」

──明日、この人の元に嫁ぎます。


picture provided:10トン


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