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短編小説・ショートショート

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ショートショートは2000字前後まで、短編小説はそれより長めの読み切りです。
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2022年7月の記事一覧

【ショートショート】頭があがらん

【ショートショート】頭があがらん

 "いつどこへでもドア"が開き、男がひとりあらわれた。目の前には、スーツを着た男がすでにスタンバイしていた。

「ようこそ、本日案内を担当させていただくエイです」

 エイと名乗ったスーツの男は、ドアから出てきた男と握手をした。

「ビイです。よろしくお願いします」

「この時代で子育てをご希望ということで、本日はさまざまな場所にご案内させていただきますね」

「はい、お願いします」

「まずはこ

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【ショートショート】無知のざわめき

【ショートショート】無知のざわめき

 なぜこんなことになっているのか──。
 暗い伽藍堂に閉じ込められた我々は、はるか上部の細長い長方形の穴から射し込まれる光だけを頼りに生きている。しかしその光も明るくなったり、形が分からなくなるほど暗くなったりし、この空間全体を見渡すには、全くもって充分ではない。果たして、どれほどの大きさのスペースにどれだけの生き物たちがいるのだろう。
 やっかいなのは、その長方形の穴から、時々円盤が落ちてくるこ

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【ショートショート】ふるいにかける

【ショートショート】ふるいにかける

「もう限界です。あれを実施しましょう」

「そうか……分かった。しかし、あれを実施するにあたり、私がどれだけ両極端の感情のはざまで苦しめられるか、今回は君も近くにいて、よく観察していたまえ。そのうち君自身が私に代わって全てを取り仕切ることになるのだからな」

「分かりました」

「よし、では今回、君にこの重力調節装置を授ける。自らの判断で、ふるい落とす基準を定めたまえ」

「わ、分かりました」

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【ショートショート】老いらくシネフィルたちの昼下がり

【ショートショート】老いらくシネフィルたちの昼下がり

A「この喫茶店にしよう」

B「いいでがんす」

C「アベル・ガンス(フランスの映画監督)」

店員「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

 席へ移動中、長身のCが照明にぶつかる。

C「イタタタ……額がやられた。君、鏡を持っていないか?」

 店員、ポケットから小さな三面鏡を取り出し、開いてCの前にかざす。

C「トリプル・エクランか!(アベル・ガンスが自らの映画のために考案した3面スクリーンに

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【ショートショート】マリの友達

【ショートショート】マリの友達

「マリ、金を拾ったんだ。アイスを買ってあげよう」

 呼び鈴が押されたので、マリが急いでドアを開けると、ひとつ上の階に住むジョーイの白い目が隙間に見えた。差し出された手の平には、色の異なる3枚のコインがのっている。

「いいの? ジョーイ」

「ああ、準備をしておいで」

「うん!」

 準備と言っても、猫のぬいぐるみのマルをソファーの上から取ってくるだけだ。

「準備できたわ、行きましょう」

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【ショートショート】ニジヲの涙

【ショートショート】ニジヲの涙

 夏だ! 海だ!! バカンスだー!!!

「ニジヲ、荷物を受け取れ」

「ニジヲ、次はシャワー室の掃除だ」

 普段サーフショップを営むニジヲの両親は、海開きに合わせ、学生バイトをたくさん雇って海の家の経営もしている。勉強の苦手なニジヲは、中学を卒業した去年から家業の手伝いをし、夏は海の家で働かされている。

「まだ車の運転もできなくて、荷物を運ぶこともできないんだから、ここで言われたことをやって

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