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【ショートショート】ニジヲの涙
夏だ! 海だ!! バカンスだー!!!
「ニジヲ、荷物を受け取れ」
「ニジヲ、次はシャワー室の掃除だ」
普段サーフショップを営むニジヲの両親は、海開きに合わせ、学生バイトをたくさん雇って海の家の経営もしている。勉強の苦手なニジヲは、中学を卒業した去年から家業の手伝いをし、夏は海の家で働かされている。
「まだ車の運転もできなくて、荷物を運ぶこともできないんだから、ここで言われたことをやってりゃいいんだ」
父の命令は絶対だ。逆らったりサボったりすれば、いつでもゲンコツが落ちてくる。
「去年も同じことやってんだ、いい加減覚えろ」
学生バイトたちの前でボコっとやられ、たまらず店の裏へ行って泣く。
──はあ……僕はいつもこんなだ。どうすれば人生楽しくなるんだろう。僕にできることは泣くことだけなのかなあ……
ぽとぽとと砂に浸み込む涙は、ヘビのように長くうねった模様になった。
「ニジヲって本当バカ。あんな出来損ないの息子持って、社長も大変だよね」
学生バイトの女ふたりがニジヲの近くまで来て、タバコを吸い始めた。壁に立てかけてあるベニヤ板の陰にいるニジヲには気づいていないらしい。
「でもさ、うちらの分までニジヲが怒られてくれるんだからいいじゃん」
ギャハハと声を立てたら、
「おら、おまえら、何やってんだ。サボってんじゃねえ。雇われるより雇う方が大変なんだぞ」
ニジヲの父が黒くおっかない顔をして、女どもを持ち場へ戻るようしっしっと追い立てた。自分が怒られたように感じたニジヲは、恐ろしさにビクッと動いたので、ベニヤ板がバタンと前に倒れた。
「おい、おまえもか、ニジヲ。泣いてないで戻れ」
父に腕を強く引っ張られ、無理矢理立たされたニジヲは、両手で涙を拭いながら店へ戻った。父はその場でタバコに火をつけた。
「社長からの差し入れだよ」
ホールを任されているバイトリーダーの男が、タバコから戻った女ふたりにペットボトルのジュースを渡した。残った1本はニジヲの分だ。ニジヲがふらふらと来て取ろうとしたら、リーダーはさっとボトルを奪い、
「サボってるヤツに飲む権利はねえよなあ」
と言い、素早くフタを開けてグビグビと一気に飲み干した。周りの皆からクスクスと笑い声が漏れた。
「うわー!」
ニジヲはこらえきれずに海に向かって飛び出した。両目からあふれ出した涙は、砂の上にくねくねと跡を描き、一部は蒸発して中空を烟らせ、砂がもこもこと盛り上がって大蛇となった。大蛇は体を振り回して、砂浜に並んだ海の家をことごとく破壊し、子どもや魂の穢れていない者たちを上手く避けながら、波打ち際で憩う人々や海で泳ぐ者たちを襲ったあと、空へ駆け上がり虹に変わった。残されたわずかな者たちの中には、飛んでいった大蛇の頭の上に、少年の影を見た者もいたという。
(了)