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【ショートショート】頭があがらん
"いつどこへでもドア"が開き、男がひとりあらわれた。目の前には、スーツを着た男がすでにスタンバイしていた。
「ようこそ、本日案内を担当させていただくエイです」
エイと名乗ったスーツの男は、ドアから出てきた男と握手をした。
「ビイです。よろしくお願いします」
「この時代で子育てをご希望ということで、本日はさまざまな場所にご案内させていただきますね」
「はい、お願いします」
「まずはこれを飲んでください。どんな気候にも対応できる薬と、体の透明度を自在にあやつることのできる薬です。私も飲みます」
ふたりはともに薬を2錠ずつ飲んだ。
エイがいつどこへでもドアを開けると、雪のちらつく街の通りに出た。
「S国です。前に見える建物は保育園です。行ってみましょう」
半透明の体は壁をすり抜け、子どもたちがたくさん集まる部屋に入った。
「なぜこんなに子どもが集まっているのですか?」
ビイは今までに見たことのない異様な光景に驚いた。
「寒い土地なので、伝統的に1か所に集まり暖を取るのです。子守り係が子どもの世話をしている間に、手の空いた者たちがエサを取りに、つまり、働きに出るのです。寒い地域では、食べ物をとったり保存するために、効率がとても大切で、分業が進んでいます。参考にこちらの映像をどうぞ」
エイは手元の小型モニターに、皇帝ペンギンが猛吹雪のなか、何羽も寄り集まって寒さをしのいでいる映像を見せた。場面が切り替わると、夫婦のうち、1羽が子守り、もう1羽がエサを取りに行っている様子が映し出された。
「なるほど……分かりました」
「では次へ行きましょう」
エイとビイは保育園を出た。エイがまたいつどこへでもドアを開けると、強く降り注ぐ陽光を浴びて、青緑の海がキラキラ輝いている。ふたりは砂浜に降り立った。数名の子どもたちが遊んでいるのがちらほら見える。
「ここはR国です。少し歩きましょう」
前からのろのろとやってきた水牛車とすれ違いざま、荷台に乗っている乗客から、
「1時間の遅れなんて遅刻じゃないさー」
「なんくるないさー」
という会話が聞こえてきた。
「1時間遅れて遅刻じゃない……? どういうことです?」
ビイはエイに疑問をぶつけた。
「先ほどのS国とは違い、ここは1年を通して温暖なところなので、食べ物はいつでも手に入れられるし、あまり動くと暑いので、皆比較的のんびりしています。子どもたちも適当にぷらぷら遊んでいます」
「しゃべり方も、S国とは大分違うようだ」
「はい、温暖な地域は、体内の熱を逃すため、なるべく口を開けた状態、つまり母音を多くともなって話をします。寒い地域では、寒気が入らないよう子音が多く、なるべく閉じていられるように忙しく話します」
「なんだか極端だな……中間の地域はないですか?」
「ありますよ、行ってみましょう」
いつどこへでもドアで、ビルが立ち並ぶ通りに出た。ビルの谷間の小さな森の中にある建物の内部に入った。子どもたちが皆同じ紺色の服を着て、ひとりひとつの机に向かい、お行儀よく座っている。教室の後ろには、やはり紺色の服を着てにこにこしている母親たちが並んで、授業の様子を見ている。
「J国です。小学校の授業参観ですね」
エイの説明に、ビイが首をかしげる。
「なぜ皆同じ紺色の服を着ているのですか? 誰が誰だか分からない」
「個人を特定する必要がないのです。紺色は元々この国の軍隊の制服の色です。紺の服を身につけるということは、有事のときは、国に子を差し出す用意があるとの意思表示です。そのため、幼いころから、徹底して集団での行動に慣らします。個人の能力よりも全体の調和が重んじられるので、このようなスタイルになります。経済的に恵まれた家庭ほど、このような学校に入れたがる傾向にあるようです」
「国に忠実ということですか……エイさん、あなたさっきから、極端なものばかり私に見せていませんか?」
「選ぶときの参考にしやすいでしょう? いや、奥さんに説明するときの……と言った方がいいですかね」
「ど、ど、どういうことですか?」
「古今東西、よほどの文化的制約がない限り、子どもの教育は、母親にゆだねられます。あなたがいろいろと意見を言ったところで、奥さんが気に入らなければ、通らないでしょう? ですから、まずは極端なものをいくつか見ていただいて、問題点を把握しておけば、あなたは奥さんをうまく誘導するように説明できるのではないかと思ったのです」
「そういうことでしたか……」
「大丈夫、私も"マスオ"です」
「マスオ!? この時代でも、マスオという言葉が使われているのですか?」
「ええ、少し前の時代に生まれた言葉です。妻に頭があがらない夫は、古今東西共通の存在です。ですから、マスオはマスオなりに、妻を賢く誘導するのです。そのために私のような案内人がいます」
「それは心強いや! 今後も何かと助けてもらうかもしれません」
「もちろん! いつでもどうぞ」
(了)
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