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Tale_Laboratory
2023年2月28日 08:19
人類は自分が見上げるものへの憧れを捨てることはなかった。それは今の自分より高い位置にある椅子だったりすることもあれば、山の頂だったりすることもある。山の頂に至っても、そこから空への夢も見始め、そしてさらに上へ―――今、大地の上に一つの街がある。正確には、今なお成長を続けている発展途中の街だ。人類は遂に、地球の地面の上だけではなく、火星にもその手を伸ばして開発を始めた。と言っても、今は火
2023年2月27日 06:50
美しさの定義は、時代や場所によって大きく変わってくる。しかしそれでも、美しさという概念を人々はいつの時代も追い求めているのは間違いない。そしてそれは、遠い未来でも同じことだ。色とりどりの煌びやかなライトがステージを照らし出す。広い会場の真ん中を貫くように伸びたステージの上では、自らの美に絶対の自信を持っているモデルたちが歩いている。袖から出てきて、ステージ上を歩き、ステージの先端でポーズを
2023年2月26日 09:40
街から離れた森の入口付近にその店はある。「カース・カース」看板には店名といっしょに、リサイクルの文字も添えられている。「これだと、2500ってところですね」「そこを何とかもう一声」「じゃあ、2650。これ以上は無理ですね」店内では店主と客がカウンター越しに交渉を繰り広げていた。リサイクル店だけあって、客が持ち込んだ物を買い取るのもこの店の役割の一つだ。「分かった。それでいいよ」「
2023年2月25日 09:49
ぷかぷかとどこにでも行けるやつらが羨ましかった。気付いたらこの樹の下にいた私。なぜ自分がここにいるのかは上手く思い出せない。何かこの樹と関係があるのは感じるのだが。とにかく一つだけはっきりしていることは、私はこの場所から離れることができない、地縛霊なのだということだ。ぷかぷかとどこにでも行ける浮遊霊のやつらを毎日のように見上げては、なぜ自分はあちら側ではないのかと思っていた。霊が霊を羨む
2023年2月24日 06:41
S市H区にあるとある高校には有名な話がある。真冬の2月の夕方、この学校では幽霊の目撃情報が相次ぐのだ。放課後、校内で幽霊を見たという生徒は実に多い。時に単独で、時に複数の幽霊が、誰もいない教室で、音楽室で、美術室で、場所を問わず現れる。共通していることと言えば、決まって綺麗な夕暮れの時間帯に出るということだ。曇りや雨の日に目撃したという例はほとんどない。時期的に受験を苦にして自殺した生徒
2023年2月23日 09:42
今宵もそのバーには客が足を運ぶ。いわゆる隠れ家的な存在であるはずのなのに、まるで客が自然とそこを求め、引き寄せられるかのように。バーのマスターはこの店を開店当初から一人で切り盛りしている。頭の両側から生えた角と、背中には黒い羽根。かつては魔王城で勤務していたその男は、定年で引退したことを機に、かつてからやってみたかったこととして店を開いた。場所は魔王城のすぐ裏手。灯台下暗しとは言ったもの
2023年2月22日 09:49
私は一人の男に恋をした。文字通りの命の恩人だ。あと少しで死ぬ定めにあった私を救ってくれた。だから、どうしてもその人にもう一度会いたくて、そしてその人とこれからも一緒にいたいと、想いを叶えたくて私はついに一歩を踏み出した。私は神様にお願いして人間の姿に変わり、彼の元を訪れた。だけど一つ条件がある。自分があの日彼に助けてもらった鶴であることを知られてはならない。鶴だと悟られずに彼に恩返しをし
2023年2月21日 08:46
ふと自然に目が覚める。上半身を起こし、周りを見る。5時間くらい寝ていただろうか。時計を見ないと今何時なのかはっきりしない。何せ、外はずっと夜のようなものなのだから。いや、正確には昼とか夜とかの概念自体が希薄なのだ。窓の外を見て改めて思い知る。一面の星々。まるで絵画のようにずっとそこにあるように見えるが、ゆっくり動いている。宇宙を行く銀河寝台列車の旅はかくものんびりだ。ハイパードライブ
2023年2月20日 07:27
パチパチと薪の爆ぜる音が響く。ドラム缶の中からは煌々と炎が上がっていた。時刻はもうすぐ太陽が顔を隠す頃。空はオレンジと紫のグラデーションで染め上げられている。焚火の近くには一人の青年が立っているだけ。後は木々が、空が夜に備えるのに合わせるように静かに風に揺れていた。青年は懐から何かを取り出す。それは、一通の封筒だった。茶と黄の色で汚れているそれは、一目見ただけでかなりの時が経っていることを分
2023年2月19日 09:23
その娘は毎晩来ていた。歓楽街。ゲームセンターや映画館といったアミューズ系施設や居酒屋やバーといった飲み屋がそこかしこにある街で、ここは至って普通のクラブだった。別段超人気店でもなければ、潰れるほどでもない、毎晩それなりに若い人たちが集まる並みの店だ。そこで働く私は、いつの間にかその娘を知っていた。私と同じ年くらいの女の子だからだろうか。とにかくその娘は一晩中音と光が止まないこの空間で、ま
2023年2月18日 09:30
いつも通りの朝。彼はいつも通りの時間に家を出て、職場に向かっていた。高速で通り過ぎていく風景もまたいつも通りだ。彼が運転する車は庶民ならばとてもではないが手が出ない高級車だが、彼にとっては数ヵ月も貯金すれば手に入る代物だ。家は辺り一帯を見下ろせる超高層階にあり、家にはモデルクラスの妻が家事と子育てに精を出している。文字通りの雲の上の人だ。彼はそれらを全て自分の力で勝ち取ってきた。それらを
2023年2月17日 09:13
気が付くと、僕はここに立っていた。何をしていたんだったか、いまいち思い出せない。頭の中がぼんやりとしていて、ほんの数瞬前まで夢を見ていたような、そんな感じだった。ふと後ろを見てみると、そこには一つの扉があった。映画館にあるような、防音性の高い重厚な扉。そうだ、思い出した。僕はこの扉の向こうの部屋で映画を見ていたんだ。ついさっきまで。確か、部屋の中は2、30人ほどが座れるだけの小さな部屋
2023年2月16日 09:24
世界を救う。そのために戦う。それが夢だった。そしてそれは叶った。今俺は戦いの場に向かっている。窓一つない、分厚い金属に覆われた装甲車。その中に作られた粗末な椅子に座って、他の仲間同様特に何かを話すわけでもなく、ただ揺られている。今、どこを走っているのかは分からない。ただ目的地に近づいていることだけは分かる。揺れがだんだんと収まっていく。スピードが落ちている証拠だ。そして装甲車は完全に止
2023年2月15日 09:20
酒場にはいつもよりも声が何重にもなって響いていた。それは歓喜の騒ぎであると同時に、安堵でもあり、そして悲嘆の感情も入り混じっていた。普段は男女問わず酒や食事を楽しむ場である酒場だが、今日は男たちの貸し切りになっていた。大勢の男たちがそれぞれのテーブルで盛り上がっているが、この日の話題は一つだけだった。「どうだ!俺はこれだけ集めたぜ!」筋骨隆々の大男が自慢気に袋をテーブルの上に置く。置い