空想お散歩紀行 お伽正妻戦争
私は一人の男に恋をした。
文字通りの命の恩人だ。あと少しで死ぬ定めにあった私を救ってくれた。
だから、どうしてもその人にもう一度会いたくて、そしてその人とこれからも一緒にいたいと、想いを叶えたくて私はついに一歩を踏み出した。
私は神様にお願いして人間の姿に変わり、彼の元を訪れた。
だけど一つ条件がある。自分があの日彼に助けてもらった鶴であることを知られてはならない。
鶴だと悟られずに彼に恩返しをして、そして
添い遂げるのだ。
大丈夫、自分にならできる・・・と思っていた。
ところが、ここでとんだ誤算が生じる。
彼の所には既に女が二人もいたということだ。
そして私はその女たちの正体をすぐに見破ることができた。
なぜなら、「同類」だったから。
一人は、浜辺で人間の子供にイジメられていたところを助けられた亀。
もう一人は雪の降る寒い夜に、笠を被せてもらった地蔵。
この二人が、私とまったく同じ想いを抱いて彼の元に来ていたのだ。
なんということだ。私は出遅れたのだ。
正直焦った。だが、私と同じように人間の姿になったこの二人。条件も私と同じ、彼に正体がバレてはいけないという制約が課せられている。
だからと言って、単に彼にあいつの正体は亀ですよ、地蔵ですよと言っても意味がない。
彼がそれに確信を持たず、ただの冗談だと思っていれば制約を破ったことにはならない。
それに、彼は何というか、鈍感というべきか、無駄に懐が広いというべきか、そういうところがある。
現在女の子が三人も寄ってきているというのに、普通に受け入れてるし。でも、自分が愛されているのに気付いているのかいないのか、変に調子に乗るようなこともなく、全員平等に扱ってくれてるし。その、底なしとも言える優しが、ああ!もう好き!
だからこの戦い、絶対に勝ってみせる。彼のただ一人の伴侶となるのは私だ。
彼の前で正体を暴く。これが私の勝利条件であり、同時に敗北条件だ。
甘い恋の話になるはずが、彼の心とライバルたちの心、複雑な心理戦が始まってしまった。
だが、この時の私はまだ甘かった。
この戦いが更に混迷を深めていくことに想像が至っていなかったのだから。
後日、お腹を空かせていたところにお団子をもらったという、犬と猿と雉の三人が新たに参戦してくることを私はまだ知らない。
鶴と雉で鳥類が被ってしまう恐怖を私はまだ知る由もない。
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