あらしだうたこ

本の世界と森の世界を行き来して繰り返すダイアローグ。 変形菌探し、湧き水探訪、鳥の羽根拾い屋。 姥神に心奪われ、衣渡す前にいろいろ話すことあり。 1973年生まれ。坂口安吾と故郷は同じ。 風に吹かれた吹き溜まりで胞子が発芽中。 もっと地を這いたい。

あらしだうたこ

本の世界と森の世界を行き来して繰り返すダイアローグ。 変形菌探し、湧き水探訪、鳥の羽根拾い屋。 姥神に心奪われ、衣渡す前にいろいろ話すことあり。 1973年生まれ。坂口安吾と故郷は同じ。 風に吹かれた吹き溜まりで胞子が発芽中。 もっと地を這いたい。

最近の記事

山形の姥神をめぐる冒険 #50

【山の神】 天童市田麦野 2024年5月  天童高原へ向かう旧道を案内する立札を目印に細い道を入ると、山神様のお堂があった。山神というが姥神の仲間にしたいと鹿間廣治氏がオリジナル姥神認定した石像は、このお堂の中に自然石と隣り合って座っていた。  この像の写真を見た時にその造形に私も心惹かれて、自分の姥神めぐりコレクションにも加えたいと思ったのだった。土偶や埴輪を連想させるような、洗練とは程遠いがかと言って無骨というわけでもない。貧しい老夫婦が自らの垢を捏ねて作ったあか太郎の

    • 山形の姥神をめぐる冒険 #49

      【水晶山】 天童市  2024年5月  水晶山はかつて女人禁制の霊山で、さかんに参詣者が訪れたそうだ。女の人は登り口にいる姥神と山の神のところまで来てお詣りすると引き返す。私はどうもこの、女人禁制の結界ウバに会うとインスピレーションを感じてしまうらしい。この冒険の始まりに蔵王古道の結界にある姥神に出会い、何やらビリビリと感じることがなかったら、ここまで続けてきたかどうか。  ここにいる二人の姥神は作られたのが1790年代とほぼ同時期だが、随分姿は異なっている。右手にいる姥神

      • 山形の姥神をめぐる冒険 読書編 #14

        『文化の脱走兵』 奈倉有里  講談社 2024.7  著者の初めての者作である『夕暮れに夜明けの歌を』ではロシアでの留学生活と文学に深く傾倒していく姿が瑞々しく綴られていた。あれから何冊も本を出版し、ロシア文学者として活躍目覚ましい彼女の最新作がこれだ。東京生まれの彼女がなぜ冬や雪にこれほど思い入れがあるのか、湿った冷たい空気の中にいてあたたかい灯りのような心が宿っているのか、本作を読んでよくわかった。ルーツのひとつが雪国だったのだ。  初雪に心躍らせる様子は少女のようだ

        • 山形の姥神をめぐる冒険 #48

          【月山不動尊】 山形市蔵王山田  2024年5月  姥神めぐりをしてきて気づいたことのひとつが、「山形には不動尊がすごくたくさんある」ということだ。山襞のひとつひとつに小さな沢があり、その沢の源流に祀られている剣を持った不動明王。そして不動尊の入り口にひっそりと座る姥神像。  まるで腸みたいだなと思う。人間の腸のひだひだのひとつひとつが豊かな栄養吸収と腸内細菌の棲み処であるように、山ひだのひとつひとつの沢に信仰の拠り所がある。腸はとても繊細な感受性を持つ臓器だという。そんな

          山形の姥神をめぐる冒険 #47

          【小鳥海山神社】 山辺町  2024年4月  今までに何度か来たことのある場所だったが、参道に座る姥神に気づいたのかどうだったか。それよりも石塔の立派な文字に畏れをなした記憶しかなかった。腰をかがめてやっとくぐれるくらいの鳥居の向こうに山を登っていく石段が続いている。登った先にある社殿からは山形市が一望できる。  ここに来る途中で丸々と太ったピンクの豚が載せられたトラックを見た。豚たちは屠殺場へ向かい、こちらは三途の川にいるというお婆さんに会いに山を登る。何だろう、このシュ

          山形の姥神をめぐる冒険 #47

          山形の姥神をめぐる冒険 #46

          【滑川】 山形市                          2024年4月  いや〜、あんたよく見つけたねえ。愉快、愉快。  青葉の下でご満悦の姥神を見つけたのは、滑川地区姥神探しトライアル4度目の時だった。過去に見つけた方の記述を読み込み、地形図を凝視して果敢に挑んだのだが、沢一本の地理を読み間違えて敗退した。  信仰の対象となったのは開けた林道ではなく、もっと密やかな道なのだとある人に指摘されて、最初にあたりをつけた沢筋が卓上の地図で判断しただけの思い込みだっ

          山形の姥神をめぐる冒険 #46

          山形の姥神をめぐる冒険 #45

          【切畑】 山形市    2024年4月  トコトコと音が聞こえる線路は山形と仙台を結ぶ仙山線。山寺駅から高瀬駅に向かう電車の中にいると、重なり合ったトンガリ山の合間に見えてくるここの田園風景にいつも見とれてしまう。郷愁を掻き立てられる風景というか。いかにも日本昔話がたくさん出てきそうな里山の雰囲気なのだ。  この高瀬地区にある切畑は、陶芸窯や多くの石塔がある古い集落だ。集落を通る一本道から住宅と住宅の間にある細い道を入るとお堂が見えた。東山高瀬三十三ヶ所観音霊場の19番所

          山形の姥神をめぐる冒険 #45

          山形の姥神をめぐる冒険 #44

          【安国寺】 山辺町大寺   2024年4月  静かな境内でブーンという低い音がする。読経と間違えるような一定の低音は辺りの桜に群がるミツバチの羽音のようだ。下の果樹園では「ミツバチ放飼中 農薬•除草剤の使用禁止」との看板があちこちに立っていた。  不意にゴーンと鐘の音がした。鐘つき台で寺の人が鐘をついている。夕方の5時を知らせる鐘なのだった。不規則に間をおいて何度も鳴る鐘の音に心が吸い寄せられていく。暮れていく光と鐘の音に浸される町。この地区の人は毎日この鐘の音を聞くことがで

          山形の姥神をめぐる冒険 #44

          山形の姥神をめぐる冒険 #43

          【仏生山】  河北町沢畑地区  2024年4月  うつむいた虚ろな目線に、写真で見た時は寂しそうな姥神だと思った。影になった顔と背中には寂寥感が漂っているような気もする。しかし、実際に面と向かってみると、余裕を感じる鷹揚なポーズなのではないかと感じた。傾げた首からこちらを見やる姿勢やふっくらとしたお腹も、年季の入った姥神だと感じた。  この山は、天保15年(1844年)に河北町谷地の人が四国巡礼をし、そこから持ち帰った土と御影を埋めて四国八十八ヶ所の霊場を開いたとある。最

          山形の姥神をめぐる冒険 #43

          山形の姥神をめぐる冒険 読書編 #13

           ペレイラは五十代と思われる肥満体で心臓病持ちで、数年前に妻に先立たれた、新聞社に勤める男だ。30年以上社会部の記者をした後、今は文芸欄のコラムを担当し、自分が翻訳した本の紹介を気ままに掲載している。  舞台は1938年、ファシズムの影がしのび寄るリスボン。密やかな視線と交わす会話への無言の監視。闇の中の暴力の気配。そんな空気の中で、ペレイラは政治とは無関係な文学を扱い、甘いレモネードとオムレツが大好物の、くたびれて覇気のないおじさんなのである。  彼は自分の人生の経過を辿

          山形の姥神をめぐる冒険 読書編 #13

          山形の姥神をめぐる冒険 #42

          【沢畑】 河北町谷地戊   2024年4月  何の予備知識もなく山際の小山にこんな像を見つけたら、呪いをかけられたと思うかもしれない。どうしたって下から見上げる顔は威厳に満ちた厳しさだし、ボロボロに 風化した岩はただれた皮膚のよう。避雷針のように小山のてっぺんに居て下の道路を通る人を睥睨しているのだ。睥睨する奪衣婆。   この道路の先には沢畑地区の西国八十八ヶ所の霊場があり、山菜採りやハイキングコースにもなっている。道路より下って行けば紅花資料館がある。もし訪れることがあ

          山形の姥神をめぐる冒険 #42

          山形の姥神をめぐる冒険 読書編 #12

          『感情の民俗学 泣くことと笑うことの正体を求めて』  畑中章宏                    イースト・プレス 2023  去年の8月に姥神めぐりを始めて一年が経とうとしている。今までに50体以上の姥神を訪ね、その間に読んだ本の紹介も並行して書いてきた。山奥の消えかかった古い参道を探して薮を漕ぎ漕ぎ、何度チャレンジしても未だに発見できない姥神もいる。クマ、スズメバチ、ヘビ、ブヨらの脅威に怯えつつ、大汗かいて地図を見比べ、ふと我に返った。  わたし、何やってるんだろ

          山形の姥神をめぐる冒険 読書編 #12

          山形の姥神をめぐる冒険 #41

          【東町公民館】  河北町谷地乙 2024年4月  芽吹きを待つザクロの木の下に座るのは、バラバラに砕けてしまいそうな姥神だった。膝に置かれた五円玉はすっかり変色し、クマの人形だっていつからあるのやら。  公民館の入り口のすりガラスの模様が所々違っているのは、割れたのをその都度修理したせいだろうか。雨どいの雰囲気や壁にはめ込まれたタイル石の模様など、なんとも言えない味がある。佇まいから察するに、今だに公民館として現役のようだ。  この公民館のある小路から表通りを抜けていく

          山形の姥神をめぐる冒険 #41

          山形の姥神をめぐる冒険 #40

          【五百羅漢刹 高福寺】 河北町田井 2024年4月       見る角度によって姥神の表情が大きく変わるように感じる。焦点が合っていないような瞳も、この世ならぬ者の様子で油断できない。左から見れば左、右からなら右とこちらを見られている感じ。「ちょっとそこの人」と呼びかけて振り向いた顔がこんななら、足がすくんでしまう。上半身は小柄だが、組んだ足はどっかりと存在感があり、着物のドレープも優雅だ。台座も立派であり、『河北町の石碑•石造物』(河北町教育委員会 平成11年発行)によ

          山形の姥神をめぐる冒険 #40

          山形の姥神をめぐる冒険 #39

          【医王山葉山神社 鳥居】 上山市高松  2024年4月  姥神めぐりを始めて間もない頃、上山の歴史研究をしているという古老に教えていただいた場所である。藤の巨木のあるところで出会ったので、〝藤の古老〟と呼んでいる。話のついでに何となく聞いただけだったので、やっぱり少し迷った。またもGoogleマップを頼りに歩いて行くと、「現代アートの展示か何か?」と思うような異様な風景が現れた。この姥神の白無垢のようなバスタオル姿は、カオナシそっくりだ。名だたる老舗温泉旅館、古窯をはじめ、

          山形の姥神をめぐる冒険 #39

          山形の姥神をめぐる冒険 #38

          【上ノ山湯之上観音】 上山市十日町  2024年4月  どう見ても湯上がりのツルツルのお肌、サッパリして満足げな姥神だ。髪だって実に綺麗に後ろに撫でつけられている。手にしているのは死者の衣ならず、手拭いだろう。このお方、絶対三途の川で死者の着物を剥ぎ取ろうなんて思ってない。観音堂の隣には公共浴場があり、時折カッコーンという湯桶の音が響く。昼下がりで桜も咲いて、もう言うことなしのこの世の春である。 いや、もうここは、あの世なのかな?

          山形の姥神をめぐる冒険 #38