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山形の姥神をめぐる冒険 読書編 #14

『文化の脱走兵』 奈倉有里  講談社 2024.7

 著者の初めての者作である『夕暮れに夜明けの歌を』ではロシアでの留学生活と文学に深く傾倒していく姿が瑞々しく綴られていた。あれから何冊も本を出版し、ロシア文学者として活躍目覚ましい彼女の最新作がこれだ。東京生まれの彼女がなぜ冬や雪にこれほど思い入れがあるのか、湿った冷たい空気の中にいてあたたかい灯りのような心が宿っているのか、本作を読んでよくわかった。ルーツのひとつが雪国だったのだ。

 初雪に心躍らせる様子は少女のようだ。自分は北風の生まれ変わりかもしれないと思うほど、冬が来ると本気モードになるという。

 ああ、この感じ。私もすごく思い当たる。新潟の冬の到来と同じ空気。空の色が変わって、ぴりりと冷えた空気が張り詰める。そう、本気モードになる瞬間。『ニルスの不思議な旅』やあの大好きなロシアのお話『森は生きている』や冬の妖精ジャック•フロストの絵本…。次々と〝私の好きなもの My Favorite Things〟が行間から立ち上ってくる。著者と同じ〝好き〟を共有できるこそばゆさ。そんな〝好き〟の気持ちに心がほどけて涙を流すこと数知れず。
 さらにこんな文章に出会うと、
「本屋があって雪がある。これでもう、人生に欠かせないもののうちふたつは揃った。」
 しばらく読み続けることができなくなって本を伏せてしまう。そうだった、と思い出す。少女時代の私が図書館の行き帰りに見た冬空が広がる。あの空にどれほどの世界の謎や不思議が漂っていたことだろう。

 しかし、本作はそんな愛あふれるあたたかな思い出ばかりが綴られているわけではない。本人も書いているように、のんびりと好きなように書いたエッセイのようでありながら、文学者として、一人の人間として現代を生きる覚悟がじわじわ伝わる文章だった。
 彼女の祖母の家がある新潟県巻町は、住民の原発反対運動で建設計画が中止になった経緯を持つ。ロシアではチェルノブイリを身近に感じた。そして福島の原発事故のこと。
彼女は行動する。
「柏崎原発を人類の当事者として考えたい。」
との思いから柏崎に家を買い、住み始めたのだ。ほとんど上機嫌で浮き浮きしながら。

 なんというしなやかな剛健さだろう。そして今こんなふうに静かに強くあることの類まれなこと。文学の「力」と言って語弊があれば、営みと言おうか。それをしっかりと携えた彼女は文章の終わりにこう綴る。

「どうかあきらめずに、なによりも大切な自分の内面世界を守りながら、一緒に逃げ続けてください。絶望してしまわないためには物語が必要です。」

 文化の灯りをともしながら逃げる人と人がたくさん出会っていけますように。真心と愛を持ってつながっていけますように。
 柏崎にこうして今、奈倉有里さんがいるのです。

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