借金玉
あまり多くの人に向けては書きたくないこと、表に出なかった商業原稿、最近の雑記など月2回~(最近は大体4回)更新します。色々あって、ツイッターが本音を言う場所ではなくなったので、こちらでやろうと思います。ご興味あれば、是非。
マガジンを購入すると全編(02:30)を視聴することができます。
マガジンを購入すると全編(01:12)を視聴することができます。
人生で一番ひどい数年だった。信じられないほど消耗して、驚くほど失った。まだ何かやる意味があるのか、と言われると言葉が出ないし、まだそれは続いている可能性すら高い。 ただ、私はちゃんとやったと思う。後悔はない、と強がれるくらいには。ないわけがない、そんなことは当たり前だ。でも、どこで何をどうしたらこうならなかったのか、わからない。たぶん、人生に課せられた一つの課題みたいなものだったんだろう。おかげである種の能力は飛躍的に伸びた。 失ったものを数えるのはやめた。 で
特に希少ではない人間の捕食シーンをうんざりするほど読んだ。そういう内容のデータが何故かバサっと手元に残ったのだ。理由はわからない、星の巡りとか空気の流れで、とにかくそういうことになった。
どうも私はとても大きな勘違いをしていたようで、まさか三十台も後半になってこんなことに気づくとは思わなかった。それはこう、なんというか、私は未だかつて一度も怒ったことがなかった、ということ。より正確に言えば、私が「怒り」だと認識していた感情は「わかって欲しい」だった。本当にいろんなことがあって、とことんまで多くの人々に、何より自分自身に失望して、やっと気づいたけれど、怒りというのは「わかって欲しい」というような甘やかでとろりとしたものではなかった。それはとても冷たく、鋭角で、
この記事はマガジンを購入した人だけが読めます
一か月文章をこね回して、結局のところ月末のこの時間になる。いろんなことがあったし、何もなかった七月。書くべきことはたくさんあるし、出来れば書き上げておきたいものもある。そういうものの前で、ずっと足踏みを続けている。むかし、誰かが言っていた。 「悪い夢ばかり見ているうちは大丈夫だ、本当にまずくなるとそれも見なくなる」 この話が事実だと、ついに理解する羽目になった。 ほんの数週間前まで、切れ切れの眠りは悪夢に覆われていた。目を覚ます、脂汗でシーツが湿っている。悪い夢のパ
人が旅に出る理由はいろいろある。でも、「もうじき兵役年齢が上がって戦地に赴くことになるから、その前に全財産をはたいていろんな国を巡っている」みたいな話になると、なかなかリアクションも難しくなる。そうか、そういうこともあるよな。そうとしか言えない、だって僕はそんな状況とは全く無縁に生きてきたのだから。 国際情勢があんな感じなので、そんな理由で日本観光にやって来る人は結構多いらしい。そう聞くと、タイの屋台ほどではないけれど、日本がファストフードの安くて美味い(実際、彼らは立
ついに病院まで歩けなくなった。 僕は持病を幾つか持っていて、薬が切れると非常にまずいのだけれど、最早ここに至って家からかかりつけクリニックまでは天竺より遠い。何度も自分を鼓舞して、なんとか玄関の外に出ようとするのだけれど、結局いつも同じことになる。自動販売機までも歩けない。 でも、最早自宅も居心地のいい場所ではなくなった。僕の部屋、三十も半ばを過ぎてやっと手に入れることができた食器棚に壁を覆いつくす本棚、中古で叩き売られていたけれど、それでもお気に入りだったソファー
年末のはずだった予定が早まって 切り詰めてギリギリだったお金が少し浮いた 連絡すら返せずにいるたくさんの人たちに 何か贈り物ができる すごくうれしい 今日は家の外に出たい 謝れないことを謝る方法 贈り物ではとてもたりないのはわかる 大したものは贈れない でも、うれしい
六月、ついに二本しか記事を書けなくてごめんなさい。 決断と諦めの月が過ぎて、終わるべきものがきちんと終わるなら それは良いこと、なんじゃないかと考えることにした。 自分なりに頑張ったと思う。 本当にひどい言葉だ、そうは思うんだけど そこから始まってここで終わる。 僕はそういうもので。 謝ってばかりでごめんなさい。 どんな言葉にすればいいかわからない。 文章にできないものは、単なる事実として 僕ではない誰かから いや、伝わる必要なんてそもそもな
本が読めない。それは仕方がない。鬱とかそういうものがやってくると、書籍を開くことが出来なくなる。電子ならなんとかいけるかな、なんて思ってはいけない。出来ないものは出来ない、諦めるしかない。僕は何をどこまで諦めることができるんだろうか、本を読むことを諦めることに成功した、それは成長なんだろうか。そんなわけはないだろうと思う、そうであると言い張りたい気もする。そういうときに、ふと「なぜか読める」文章に出会うことがあって、とてもうれしい。それはyoutubeに並んだ動画のサムネイ
終わりに向かって歩いている。案外気分は悪くなくて、水槽のオイカワを彼らが生まれた荒川に返す元気が出るのを待ったり、煙草を買いに行くことも出来ないまま陽が落ちて、夜なら外に出られるかな、と帽子をかぶったまま、朝になるまで椅子に座りこんでいたり。とにかく、現実的な話はもうできない。結局のところそれは結果として表れるしかないものなんだと思う。文章を書く、伝達、線と線が結ばれて形が、光が、音が、匂いが現れること、そうであって欲しいけれど、なかなかそうはならないまま終わっていくもの。
「発達障害者の未来はこれからどうなっていくと思いますか?」 この仕事をするようになってから、どれだけこの質問に答えたかわからない。その度に僕は、「発達障害という枠ではなく、個人の環境や能力の個別性によって、大きく結果が分かれる社会になっていくだろう」と答えてきた。大体これだけでは意図が伝わらないので、こんな風に付け加える。 「発達障害者であれ健常者であれ、資本主義社会で生きる以上利益を出せる人間には価値があるわけです、そういう意味で単純作業が減り頭脳労働が増え、決まった
たぶん、ポール・オースターの小説だったと思うのだけれど、「犬から主人を引き算した世界に何が残るというんだ?」みたいな一節があって、僕たちが生きているこの世界にはとても残酷な算数がわりとたくさん存在している。そして人間は数字を数えるのが得意な生き物だから、自分の人生から何が引き算され、何が残っていて何が残っていないのか、わりと正確に算出することが出来る。つまり、30歳で借金以外何も残らなかった発達障害者は、主人を失った犬よりもだいぶ希望が残っている、だからもう少しだけ足掻いて