安宿に暮らして
ついに病院まで歩けなくなった。
僕は持病を幾つか持っていて、薬が切れると非常にまずいのだけれど、最早ここに至って家からかかりつけクリニックまでは天竺より遠い。何度も自分を鼓舞して、なんとか玄関の外に出ようとするのだけれど、結局いつも同じことになる。自動販売機までも歩けない。
でも、最早自宅も居心地のいい場所ではなくなった。僕の部屋、三十も半ばを過ぎてやっと手に入れることができた食器棚に壁を覆いつくす本棚、中古で叩き売られていたけれど、それでもお気に入りだったソファー、使い勝手のいいデスク、キーボード、そういう一切を見ることが苦しい。家の外に出られないのに、家の中にもいられない。こういう時のために何か方法があった気がする、本にも書いた。なんとかやってみようと思った。
思った以上の値段と混雑に手こずりながらも予約を取って、安宿(といっても、ぜんぜん安くない。外国人観光客で埋め尽くされている)に飛び込んだ。ベッドと机しかない座敷牢のような空間。バックパッカーみたいなリュックを背負って、誰もいない家から家出して、この文章を書こうと思った。でも、上手くいかなかった。なんとかチェックインまではしたけれど、そこで力のすべてが尽きた。wifiを繋いでノートパソコンを開ける、書かなければいけない文章に取り掛かろうとする。空っぽの胃が針金で締め付けられるように痛む。病院の予約を取らなければいけない、それはわかっているのだけれど、を何日繰り返しただろう。
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