20240608 通院メモ 復職と合理的配慮と働き方と対処療法・・・双極性障害との付き合い方
2022年4月1日に復職をした。
2022年になって、復職するまでの3ヶ月間は、復職に向けて手続きやら様々なことに取り組んだ。
そうする必要があった。
なぜならば、休職して治療・リハビリで安定した状態になったのに、復職したことで再発しないようにするため。
様々な制度や権利を利用することで、雇用側に対して合理的配慮を求めやすい状況を作り、安定して生きやすくという環境を作ることが出来る。
しかし、この道のりは残念ながらこちらがかなり我慢をする必要がある状況になってしまった。
まず、復職前に医師が雇用者側に対して、「病気やこれまでの治療、経過、そして復職するに当たっての説明をする機会を設けるので話を聞きに来て欲しい」という要望をしたのだが、これに対して職場は拒否をした。
上司に理由を問いただすと、「人事担当に『行くな』と言われたから。」という回答だった。
そのため、医師が説明する予定であった内容を自分が聞き、それを職場の上司やさらに本部の人事担当に説明する必要が出てきた。
リワーク・プログラムとして、月に一度は職場に出向いて上司と面談をするという機会があったので、そこで話すための内容をクリニックとともに打ち合わせをし、復職後に必要な合理的配慮を踏まえた人事や働き方について伝えることになった。
伝えると、最初は医師からの合理的配慮に基づいた働き方や人事に関する案を上司は飲んでくれた。
しかし、途中で状況が変わり、その案は破棄されることになった。
そのため、求める合理的配慮ができる職場への転勤も含めた人事というのができないのかについて問うこととなる。
しかし、これはあっさりと「ダメ」という答えが返ってきた。
そのため、組合にも掛け合ってみた。
職場の組合員には休職中で話ができないので、まとめ役の方に直接お話しすることになった。
それを踏まえて、職場の組合の代表に話を通し、上司との話し合いにも入ってもらい、一緒に話を聞いてもらうことになった。
ところが、これが逆に作用することになった。
職場の組合員で集まり、「復職するにあたって職場でどうすれば私を支える事ができるのか?」ということで話し合いを行い、結果として職場全体の都合の良い提案を管理職に対して行った。
その組合からの提案に管理職ものった。
しかしながらその働き方は、自分にとっては負荷の大きな働き方であったため、医師はその提案に対して主治医の立場から反対した。
その提案はあくまでも私の体調を無視したものであり、障害の特性について何も配慮がされていなかったからだ。
やり取りする中で、上司も職場の中の組合員も「この提案なら支えてあげる事ができる」と言ったのだが、それはよくよく読み取れば「それ以外なら私たちにも害が及ぶから、受け入れろ」という様な状況に追い込まれてしまったとも受け取れる。
医師などクリニックと相談する中で、ひとまず優先順位としては復職する事を優先することにした。
復職してしまって、障がい者手帳を持っている人に対して、「合理的配慮をしませんでした」とは言えないからだ。
伝える事を伝えて、それを無視したのは誰かという責任をはっきりさせておくことにもつながる。
そうしたことも踏まえて、職場からの人事案をのむことになった。
そうした職場との調整を踏まえた上で、人事担当者との復職面談を行うことになる。
そこで出て来たのが、「合理的配慮が必要な状況での復職ならば、復職という判断はしない。」という言葉だった。
つまりは、「仕事に戻りたかったら、つべこべ言わずに言われる通りにしろ」ということなのだろう。
そして、「今回の面談は事前の打ち合わせということにしておきます。もう一度面談をするので、その時までに考えて来てください。」とも、伝えられる。
次に設定された面談までに、労務局や弁護士にも相談に行って来た。
しかし、残念ながら制度設計上、労務局が立ち入れない立て付けにぶち当たり、八方塞がりになる。
そこで、これまで伝えるべきことはその時の上司にも、非公式ではありながらも人事に伝えたという事実はあること、またそのやり取りについての記録をとっていることから、何かあればこれをもとに対処することも出来るとして復職することを優先し、復職面談では自分がどんなことを意識しながら復職するか前向きな話をすることで乗り切ることにした。
話の内容が上司や人事にとって満足の出来る状況、余計なことを話さない状況だったことから、復職にいたる。
ここまでの事は、すべてクリニックにも記録として残っている。
そうして、復職して2年と2ヶ月。
復職と同時に上司も代わる。
そうして1年目が過ぎ、2年目には少し仕事が増えたのと自分にとっては負荷の大きな案件を抱えることになった。
そのため、体調を崩すことが増えた。
3年目。
年度末に残業をたくさんしたことから、その反動が4月5月にやってきた。
また、今年度から担当する案件もまた、とてもストレスが大きなモノだった。
周りも、よくよく考えてみたらとても大きなストレスになって当たり前だなぁということに、今週になって気付く。
この受け持っている案件については、この4月5月にうった手が奏功して、かなり改善してきているのだが、何せ負担が大きい。
この案件に取り組んだ日は、午前中で精根尽き果ててしまい、午後からは大きな頭痛や猛烈な眠気がやって来る。
そうしたことを上司に話をすると、「1時間単位で有給を取ることが出来るので、帰られる状況なら帰っても良いですよ」との返答が来た。
よくよく考えれば、これって対処療法で、なおかつコントロールする責任はすべて自分の側にある状況にされていることに気付く。
合理的配慮もへったくれもない。
そこで、今週火曜日の上司との面談で、クリニックと話し合った内容を伝えることにもなったわけだ。
クリニックと話し合っているうちに、復職前に話した合理的配慮の内容を自分も思い出す。
今の自分が苦しんでいる状況というのが、その時に伝えた合理的配慮の内容とは全く逆のことをしていたからだ。
クリニックからは、「そりゃ、疲れ果てて当たり前ですよ」とも言われる。
そして、復職前に前の上司に伝えた働くに当たって必要な合理的配慮の内容については、引き継がれていなかったことがわかった。
自分からも、たしかに復職して2年少し、合理的配慮の具体的な内容について話したことはなかった。
なぜなら、引き継がれていると考えていたからだ。
「引き継ぐよ」と言っていたし、「引き継ぎましたよ」とも言っていたからだ。
しかしながら、実際には引き継がれていなかった。
だから、上司が打つ手や声掛けというのは後手後手だし、根本的に上司が果たさなければならない職場環境の改善ということには手を付けていない状態だということも理解できる。
昨年度末に、新年度に向けた人事や仕事の仕方について、上司へは医師の話を聞いて欲しいと言う要望を出した。
しかしながら、今の上司についてもこの件については「できない」という回答だった。
しかしながら、今年度の自分の体調の不安定さから、さすがに話を聞かなければ行けない状況になったのかもしれない。
自分が言っていることを信じてもらえてないのかもしれないという思考は上がってくる。
しかし、捉え方によっては、これまで医師からの話をかたくなに断っていた状況から、「話を聞きたい」というセリフが出てくるところまで前進したともとれる。
対処療法では、体調の波はおさまらない。
根本的な働き方についての環境改善がなければ、安定して働くことは難しい。
配慮が必要な状態、つまりそれが障害者手帳を有しているということでもある。
環境が整えば、それは自分のような特性のある人間だけではなく、多くの人にとっても過ごしやすい、働きやすい職場になることは、ここ数年の世の中の変化を見てもわかると思う。
それが、つくられるかどうか。
誰かを責めて終わるわけではなく、共に作ることができるのが、一番の理想なのかもしれない。
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