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逆噴射2024ピックアップ

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#小説

5minutes before

「どこで間違えたんだろうな」

答えが欲しかったわけじゃない。ただ呟いただけ。
街で一番デカい病院の中の、暗く、狭い部屋。
どこかわからない。やつらから……いわゆるゾンビとでも言えばいいのか……生きてる人間に襲いかかり、食いつき、殺し、食いつかれた人間もやつらの仲間になって、数を増やして襲いかかってくるバケモノどもから逃げて逃げて逃げて、行き着いた先がここだった。

「ごめんな」

「いいよ」とい

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うろくず

うろくず

「はい、今日のご依頼はですねー、マンションの管理者さんからでして」

 部屋の前の通路で動画サイトにUPする挨拶を撮る。主に喋るのは入社2年めのミネちゃんだ。

「んでー、借りてたご家族と連絡が取れなくなってー、私たちゴミ屋敷バスターズにご依頼いただいたわけですね〜」

 ミネちゃんのほにゃほにゃとした喋りと笑顔。彼女はドアを開けて部屋の中へと入っていく。俺は撮影しながらそれを追う。

 嗅ぎ慣れ

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まだらの樹氷

まだらの樹氷

 腐りかけの右脚を庇いながら、雪と腐肉が混ざった地面を踏み締め、ヨルニムは枯れた森を歩いた。

 眠る巨人の広間。枯れた森の中の平原で、座り込む巨人の死体があるからそう呼んでいた。
彼はそこに、よく見知った後ろ姿を見つけた。
巨人の死体の前に座る人影は、兄の朱色の防寒着を身に纏っている。

 「兄さん」
 ヨルニムは声を張り上げ走った。脚が痛もうが、構わず突き進んだ。
そしてその肩にぐっと指をかけ

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御座へと落つ #逆噴射小説大賞2024

御座へと落つ #逆噴射小説大賞2024

 淡い光に包まれた立方体が、濃紺の海中を下降していく。立方体の周りを、魚の眼と下半身を持つ女たちが取り囲んでいた。彼女らは側面に小さく開いた窓から中を覗き込んでは、下卑て不快な笑みを中の男たちに投げかけていた。

「深度1000を越えました。此処から先は文字通り、光届かぬ世界です」
 カランはズレた眼鏡を直しつつ、努めて冷静な口調でもう一人の男に語りかけた。
「サミア殿、貴方の協力なくては『方舟』

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タフガイのプルエバ

タフガイのプルエバ

 俺は素麺を茹でずにバリバリ食う男だ。俺は元々タフに生まれついてるからそれができる。

 粉末スープも粉のままいく。冷凍食品も凍ったまま食う。下着は三日替えない。俺は自分の糞が便器についてても気にせず個室を後にする。俺は預金残高を見ない。定期を買わない。髪を拭かない。

 過去や未来を考えない──これがタフネスの鉄則だ、わかるか。俺の暮らしはこれまで、鉄みたいな強度だった。

 だがある日、俺の秩

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天使の養殖

天使の養殖

 天使が死んでいる。羽も輪っかも痛みが少なく、美品と言えるだろう。うつぶせなのも都合がいい。

「こっちにいたぞ。来い」

 パートナーである頻出が来て、死体の足首を両脇に抱える。おれは頭の方に回って胴体を支えるように持つ。羽の重さを考慮しなければならない、と年上の死人に言われたからだ。

「まず羽を削ぎに。それから輪っか剥がし」
「わかってます」

 頻出は吐きそうに言った。向いていない。おれは

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「迷子のために作られた帝国」

「迷子のために作られた帝国」

帝国はついに世界征服を成し遂げた!今日この日から100日かけて、首都から始まり世界中の都市へ凱旋パレードが執り行われる!女帝陛下万歳万歳万々歳!

…… 『女帝』は薄暗い小さな部屋で、小さなテレビから流れる放送を横目に見ながらノートパソコンで作業をしている。背が低く細い女性だ。仰々しい冠が床に転がっている。女帝は冠を片足で弄りながら黙々とブラインドタッチをしている。

「あんなパレード、やらせてて

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迷宮の十三人

迷宮の十三人

 連合保険協会の「非常に優秀」なエージェントであるところのおれは、連合のギルドからとあるパーティの査定を依頼された。
 推奨L75の迷宮ボスをどれだけ低Lで攻略できるか、という制限攻略ミッションをその十三人パーティは達成した。
 彼らの平均Lは13。最高Lは18だった。これまでその迷宮に挑んだ中でぶっちぎりの最高(最低)記録だ。
 ぶっちゃけありえない記録だった。
 いやそもそも十三人パーティって

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夕日は血の色

夕日は血の色

 屋根が落ちて台所が使用不可能になった廃屋の引き戸を開けた。おれは汚れてささくれ立った畳の上を歩いてガラクタで出来た円卓に座った。高校の空き教室から盗んで来た錆びたパイプ椅子が虫の歌に似たうめき声を上げた。おれはニスが剥げた木製の机の上で煙草を巻いた。
「わりぃおそぐなった」
 ケンイチが大きい足音を立てて入って来た。
「おれも今来たとこだ」
 おれは煙草に火を点けた。ケンイチのパイプ椅子の断末魔

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知らないラッパーが家にいる

知らないラッパーが家にいる

 朝起きると、知らないラッパーが家にいた。

 ネックレス、キャップ、ジーパン、大きな口、高そうな時計、黒い肌。

 椅子に収まりきらない大きな体を立ち上がらせ、バスケットボールを片手で掴めそうな手を僕に伸ばす。恐る恐るその手を握ると、彼は笑顔でしっかりと握り返した。

 旅行に行った両親の話は本当だった。
 外国人のラッパーが、我が家にやって来た。

 彼はクラスメイトとなった。制服に身を包んで

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Rebecca is dancing.

Rebecca is dancing.

対向車の後部座席で泣き叫ぶレベッカと目が合ったのは、ほんの一瞬のことだった。あいつが誘拐されるのは、今年4度目だ。
俺は通信機を操作し、治安部隊に連絡した。

「よぅ無能ども。俺の愛する娘が、またどこぞやの馬鹿に連れて行かれた。理由?知るかよ。俺は追いかける。邪魔すんじゃねぇぞ」

Uターンして、さっきの車を追いかける。古臭い日本車、派手な塗装。すぐに追いついてタイヤに銃弾を撃ちこんだ。
車は路肩

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ソーコー

ソーコー

「やぁ、僕怨霊!僕のヘルメットを拾った君は運命の相棒!僕を成仏させるため一緒に環島しようぜ!」

男は満面の笑みで言った。年齢およそ20前後。キノコヘア、丸メガネ、黒いTシャツとスキニーパンツ、腕に龍と鷲のタトゥー。街によくいるタイプの若者。ついさっきバイクのシートに置かれた見知らぬヘルメットを拾うと急に現れた。

「あ、急いでるんで、話は途中で聞いていいですか?」
「いいよ」

何がともあれ遅刻

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我が友 スノーボール

我が友 スノーボール

 豚。
 夜の森を駆ける。
 豚。
 巨大な眼のような月に追われながら。
 豚。
 その顔に浮かぶのは、まるで人間のような苦悩の表情。
 怒り。悲しみ。驚き。そして恥。感情に揺れる心は脳を輝かせ、その輝きに豚の顔は歪む。
 この豚は人語を解し、そして話す。本を読み、そして学ぶ。哲学、歴史、科学、数学を学ぶ。貪るように。豚には知性があり、それに伴う理性があった。
 だが。
 今この時。
 それに何の

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崩!崩ㇲ麺

崩!崩ㇲ麺

 F県K市。穢媚(えび)そば”はさみ”には今日も長蛇の列ができていた。
 曇天。霧雨。泥濘んで。10年近くK市に太陽は出ていない。行列の客たちはその体をぐっしょりと濡らしながら、自分の番が来るのを待っていた。全員猫背で顔色も悪いが目だけは輝いている。昏く赤い光。さらに揃ってお箸のポーズだ。人差し指と中指以外の指を掌へ折り曲げて、泥濘へ水平ピースサイン。それを上下に動かし続ける。必死に幻想を啜るその

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