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夕日は血の色

 屋根が落ちて台所が使用不可能になった廃屋の引き戸を開けた。おれは汚れてささくれ立った畳の上を歩いてガラクタで出来た円卓に座った。高校の空き教室から盗んで来た錆びたパイプ椅子が虫の歌に似たうめき声を上げた。おれはニスが剥げた木製の机の上で煙草を巻いた。
「わりぃおそぐなった」
 ケンイチが大きい足音を立てて入って来た。
「おれも今来たとこだ」
 おれは煙草に火を点けた。ケンイチのパイプ椅子の断末魔が耳に飛び込んで来た。ケンイチは舌打ちして壁に立てかけてあった予備の椅子を乱暴に開いてどっかりと座った。そしてエナメルのスポーツバッグから乾燥した煙草の葉を取り出して机に放った。おれも煙草農家の息子だったらどんなによかったか。
「ありがとな」
「いいよ、どうせなげるやつだから。タクトもうすぐ来るってよ」
「んだか」
 ペットボトルの首を切って作った灰皿がいっぱいになりそうだった。ガラスのない窓から差す西日が灰皿の汚水をもっと吐き気を催す色に変えた。つまらない。なにも面白いことがない。この部落は。
「おいおめぇら!ちょっとこっちさこい!」
 タクトの声だ。珍しく切羽詰まっている。おれはケンイチと顔を見合わせてから玄関に向かった。
 古い草刈り機が三台、タクトの足元に転がっていた。タクトはワイシャツのボタンを三つ開け、鋭い犬歯を白く光らせて笑っていた。
「おめぇら、熊ぶっ殺すぞ」
「……殺してどうすんだ?」
 ケンイチが言った。
「骨を売る。ネットでな」
「はぁ?」
「おれのじいちゃんがこないだ草刈りしてたら、飛び出してきた熊をコイツでやっちまってな。そんでおれはわかった。熊ぶっ殺すのに銃は要らねぇってな」
 タクトは草刈り機をランニングシューズでつついた。
「おれはパス、意味わかんねぇもん」
「やる」
「はぁ?」
「さっすがキヨシちゃーん。作戦たてるべ」
「んだな」
「おい待てって!」
 おれは草刈り機を一本担いで廃屋に戻った。続く。

 

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