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セラ ケンタロウ
2020年8月31日 12:27
特にやることがなかったので、どうすれば夢のなかで夢と認識できるのか、遼子は考えてみた。 思いついたのは、一か月のあいだ、同じ色の服を着ることだった。もし違う色のTシャツなりを着ていたら、それこそが夢に違いない。 そう考えて、遼子は赤色の服を10着買い、それ以外は捨てた。 翌日、彼女は青い服を着ていた。『さっそく!これは夢ね!これからどんなことが起こるのかしら!』と胸を躍らせた
2020年8月30日 20:44
どうすることもできない。世界については、どうすることもできない。考えるだけ時間の無駄。頭を悩ますだけ時間の無駄。大事なことは、それが自分の金になるか、ならないか、だ。世界が危機にないとき、俺の生活は対照的に危機的だった。世界が危機に陥ったとき、やはり俺の生活は変わらず危機的だった。だったら、世界を救う意味なんかないじゃないか。だから大事なことは、ただただ俺が生活できるか、できないかにある。
2020年8月29日 17:25
スマホの電池が切れそうだ。まだ30%残っているけど、なんだかもう、セカイが終わってしまいそうな気分だ。画面がぱたりと真っ暗になると同時に、セカイの電源もぱたっと切れてしまえばいい。電車の窓はすべて開け放され、地下鉄を走る列車の轟音が鼓膜を激しく掻き回す。荒っぽい手つきでデリケートなところをなぶられているよう。ついさっきまでの楽しかった一時も、それが今後も約束されているはずなのに、玻奈子の心
2020年8月29日 13:26
死のうと思ってビルの屋上にやってきた。すでに先客がいた。もちろん、助ける気はさらさらない。救えないくせに自殺を止めたいと思ってる人が昔から嫌いだった。しかし自分が死ぬには彼女は邪魔な気がした。「ねえ、君さ」女が振り返る。「なに?邪魔しないでくれる?」「いやいや、邪魔してるのは君だろう。名前なんていうの?」「は?なにいきなり?どういう神経してんの?そもそもあんたに関係ある?てか邪魔っ
2020年8月28日 15:16
彼はいったい何が楽しくて生きているのだろう。照り付ける日差しに背を焼かれながら、来る日も来る日も穴を掘っては埋め、こんな意味のない退屈な仕事に従事して得られる日銭といえば、ようやく空腹を満たしうる程度の賃金だった。 正確には、それは賃金ではなかった。労役に対する報酬ではない。では何か。言うところのベーシックインカムであるが、ただでは金をあげたくない陰湿な社会が要求した妥協案だった。 どんなに
2020年8月27日 14:49
2451年9月、アメリカで、シーズン最多安打という不滅の記録が、うら若き日本人ルーキーによって塗り替えられようとしている。 4世紀半前、同じく日本人によって更新されたこの記録が、やはり同じ日本人の手によって再び更新されるという歴史の前に、日本中が湧きたっていた・・・・ とき同じくして、この時代、優生思想が根付いていた。この思想を眩しいダイヤのように極限まで研磨した結果、将来に国民栄誉賞の基
2020年8月26日 13:05
視界のずっと先が朝もやに覆われた湖のほとり、明美の姿もほのかに霞んでいて、ともすると彼女はやがて消えてしまうのではないかと、あられもない不安に苛まれた。 そんな心配などどこ吹く風、彼女はロングスカートを膝まで捲り上げ、浅瀬をのらりくらりと楽し気に歩きまわっている。何を思ってか、ときおり水面をパシャリと蹴り上げたりする。威勢よくそうするわりに、水しぶきは彼女の繊細な足首とまるっきり比例するように
2020年8月25日 13:03
孤独か、夢の終わりか、保司(やすし)は選択を迫られていた。しかし愛という点から見れば、彩乃への愛がどの程度のものであるのか、試されているようでもある。ということは、この二者択一はそのままこう言い換えられる。夢か、彼女への愛か、と。最も理想的なのは、《俺のことが好きなら、我慢してくれ》ということなのだが、最近はこういうのをスキの搾取というらしい。しかし当の保司は今まさに、《わたしのことが好きなら
2020年8月24日 12:52
生きれば生きるほど、世界を知れば知るほど、涼花は世界というものがわからなくなってくるようだった。それはまるで、作品が出来上がるにつれて行き詰まっていく芸術家にも似ていた。もしそれが彼の晩年であったなら、なんたる悲劇だろうか。集大成が完成間近だというのに、当初に彼がイメージした美とは大きくかけ離れ、さりとてもう一からやり直す時間も体力も残されていないのだ。 あるいは知識という面で見れば、知ると
2020年8月23日 16:43
温かいうちに朝食を食べてほしくて、彼女を起こしにいった。そしたら、彼女は人形になっていた。 広々としたマットに、奈津美の姿をしたリカちゃん人形が、ぽつんと虚しく落っこちている。 「奈津美?」 返事はない。 僕は奈津美を手に取って、食卓に連れていった。こんな小さな人形を椅子に置いたところでどうしようもないから、作りたてのBLTサンドの脇に置いた。シンプルだが材料には凝っていて、ドレ
2020年8月22日 13:48
少年のころ、私はたんぽぽの黄色が好きだった。生い茂る草叢のなかに見つければ、それはリングケースに収まったダイヤのようであったし、アスファルトの道端で見かければ、それは濁った水面がきらりと反射する美しい日光のようだった。 いずれにしても、私はそこに生きる理由をしか見出さなかった。自転車をうまく漕げなかった日も、好きな女の子につきまとって先生に怒られた日も、たんぽぽの黄色は、暗澹たる雨雲のずっと
2020年8月21日 11:42
まず、死ぬと決めた。次に、財布を見た。 全財産、2万7千円。つまり俺、余命2万7千円。役所から税金の督促状が届いているが、死んでも払うまい。いや、それはおかしい。死ぬんだから、最期に善行でもするべきか。それとも、二月後には飢えてぽっくり逝っていると決まっているのだから、払う義務などないと考えるべきか。 ともかく、俺はもう働きたくないし、人の世話になるのも嫌だから、死ぬしかないのだ。しかし
2020年8月20日 15:22
どんなに多様性のあふれる時代になったとしても、冷たいナポリタンが大好きだ、なんて智花の味覚は誰の共感も得られないだろう。 しかし彼女は、舌先の感覚でそれを好ましく思っているのではなかった。ほとほと人との繋がりに疲労困憊していた彼女は、この冷え冷えとした味わいのなかに、いったいどこの神経がそれを感じ取っているというのか、ともかく断絶と孤独の味を見出すのだった。 パスタに絡まった、ケチャップ
2020年8月19日 20:19
その女は美しかった。美しいだけではない。華やかなのだ。齢は四十といったところだろうか。明るい紫のノースリーブワンピースから伸びる白い腕は肌理が細かく、密になだらかで、じっと永く見つめようとしても、私の目が送る視線は、あたかもそれは水滴であるかのように撥ねてしまい、一点に留めてはいられないのだった。そうして刹那刹那に外れては戻る視線はやがて指先の方へ移り、そこに安住の地を見出す。あでやかな薄紅色に染