ナオミの産婆術:ショートショート
死のうと思ってビルの屋上にやってきた。すでに先客がいた。もちろん、助ける気はさらさらない。救えないくせに自殺を止めたいと思ってる人が昔から嫌いだった。
しかし自分が死ぬには彼女は邪魔な気がした。
「ねえ、君さ」
女が振り返る。
「なに?邪魔しないでくれる?」
「いやいや、邪魔してるのは君だろう。名前なんていうの?」
「は?なにいきなり?どういう神経してんの?そもそもあんたに関係ある?てか邪魔ってなに?」
「へぇ、ナオミっていうんだ。あのさぁナオミ。別のところで飛び降りてくんない?」
「勝手に名前まで決めつけて、場所まで変えろっていうの?どんだけ傲慢なの?何様?」
「だって、どうせ大した理由じゃないんだろう」
「あんたに何がわかんのよ!!」
「わかるよ。どうせ現実と折り合わなくなったとか、魂を殺されたとか、そんなとこでしょ。だからさ、そこどいてくんない」
「あなたって冷たい人間なのね」
「そうだよ。だから君の死に場所だって平気で奪えるわけだ」
「私が先に来たんだから、あなたにそんなこと命じられる筋合いはないの」
「どうやら君は勘違いしてるね。先に来たかどうかで、ここを死に場所する権利が決まるわけじゃない」
「は?頭イカれてるのね、あなた。かわいそう」
「なんとでも言えばいい。でもね、そこはどいてもらわないと困るな」
「だからさ、あんた、何様なの?」
「いいかい。僕は純粋に、純粋な死というものを望んでいるんだ。ところがだね、ナオちゃん、君の方はどうだろう。君は死を望んでいるっていうのかい?違うね。断じて違う。君は抜け殻みたいな空っぽの虚空から解放されることを望んでいるのであって、死を望んではいない」
「何言ってるの?同じことじゃない」
「バカ言いなさんな。ぱっと見の印象では、死こそ究極の虚空なのに、虚空から逃れたい君がどうして死を選ぶっていうんだ」
「・・・・」
「もうわかったろうナオちゃん。苦悩と絶望、その最果ての形態である虚無から逃れるのに、自死は賢明な手段じゃない」
「わからない。だったら誰がなんのためにそうするっていうのよ。みんな無駄だったっていうの?あんた本当に冷酷な人ね。自殺した人、みんなもう楽になって、ゆっくり休んでるって彼らに祈ってあげないわけ?」
「俺は他人を助けたいとは思わないけど、無知からくる他人の自殺を肯定したいとは思わないからね。そんで君はそんな風に優しく祈ってくれる人がいるから、死がなんだかとてつもなく優しいものに思えてきて、つまりやっぱり、君が望んでいるのは死ではなくて愛情とか優しさとか、ともかくそういう何か人をやわらかく温かに包み込んでくれる類のものであって、ただただ純粋な死を、そういう深層の願望なしに希んでいる俺の方が、死と向き合う人間の態度としてはずっと格が上な訳だ。ということだから、そこをどいてくれないかな」
「・・・・」
「まったく君ってやつは、ずいぶんと頑固だな。どうしてもここで死にたいっていうんなら、そうだな、頭をしっかり鍛えて、もっと思慮深くなって、死とは何か、よく考えて哲学してみたらどうだろう。そんでその話を手土産にしてまた来らいい。身の上話もじっくり聞いてやるから。いや、でも、死んでみても結局死がわからなくて死について議論してたらやだな。まあいいや、んじゃあな、ちょっくら俺の仮説を検証してくるから、あばよ」
( ´艸`)🎵🎶🎵<(_ _)>