友梨佳の英雄:ショートショート
まず、死ぬと決めた。次に、財布を見た。
全財産、2万7千円。つまり俺、余命2万7千円。役所から税金の督促状が届いているが、死んでも払うまい。いや、それはおかしい。死ぬんだから、最期に善行でもするべきか。それとも、二月後には飢えてぽっくり逝っていると決まっているのだから、払う義務などないと考えるべきか。
ともかく、俺はもう働きたくないし、人の世話になるのも嫌だから、死ぬしかないのだ。しかし俺の白馬の王女はついぞ来なかったな。彼女になら助けを求めても良かったかもしれない。具体的な存在も姿も知らないのに、彼女と言って指図するのは馬鹿げているかもしれない。いや、全く1ミリも知らない訳でも見たことがない訳でもないかもしれない。なんとなく、心当たりがある。いやいや、なんとなく、ではない。彼女こそは俺の白馬の王女だった。いやいやいや、白馬の王女のはずだった。ややややややや、俺は何を言っている?俺は彼女の、そう友梨佳の白馬の王子のはずだった。はずだった。
それなのにこの状況はいったいどういうことだろう。久々に友梨佳のSNSをこっそり覗いてみる。彼女はもう結婚していて、赤ん坊だった子供はもう小学校に上がるらしい。まだ2年くらいしか経っていないような気がするのに、もう7年も経っていた。
ずっと遡って、彼女のウェディング姿を見つけた。記憶にないが、俺はいいねを送っている。
あぁ、せめて、せめて、彼女の白馬の王子の白馬の蹄鉄にでもなりたかった。学生のころはそんなことも思って、フェミニズム的な考えを勉強してみたり本を熱心に読んでみたりもしたのだが、今となってはもう虚しい。そもそもこんな下心、怒られそうだ。こっちの側の人間になってしまうと、なんか申し訳ないけど、フェミニストは怖いという印象が出来上がってしまう。地雷を踏んだが最後、サヨウナラ、そんな感じ。いや、これは女全般がそうだろう。
まぁそんな恋愛論はどうでもいい。もっと大事な問いかけがある。見返りがないなら、同調しないのか。あまり大きな声では言えないけど、答えはYESだった。誰だって好きな女の子から嫌われたくないじゃないか。どうせ嫌われるなら、興味は抱かなかっただろう。だけど友梨佳には、自分のことは自分で決定できる権利を享受してほしいと心から思う。だから、もっとお金があって権力のある人がそれを実現すればいいのに、と思う。
だいたい、本音では社会から逃れたい思いで一杯なのに、表向きでは女の社会進出を促していたんだから、俺はとんだ詐欺師だった。まるで楽園のイメージを人々の頭に刷り込んでおきながら荒廃した土地へ移住させる官僚みたいじゃないか。
ああ、申し訳ないことをした。もしかしたら、天誅が下ったのかもしれない。だから俺は今こんなに惨めなんだ。だけどまだ生きたい気持ちがあるのはどうしてだろう。友梨佳の息子になりたい。何から何まで、彼女が俺を養ってくれればいいのに。
だけど彼女が嫌だというなら、しかたない。俺は人知れずこの世を去ろうではないか。
いやでも、やっぱり、友梨佳には知っていてほしい。俺の死にざまを。どうやって?「今までありがとう」なんてメッセージを送るのか?考えただけで鳥肌がたつ。明日には通信が切られているだろうから、今のうちに彼女のウェディング姿をスクショしておいて、俺の腐った亡骸のそばにあるのを見つけた人が温情深い人だったら、伝えてくれるかもしれない。
ちがう!ちがう!ダメだダメだ。いくらなんでも惨めすぎる。俺はいったい彼女にどう思われたい?同情されたいのか?可哀そうだと思われて、愛情を期待しているのか?
戦争が起こればいい。戦争が起こって俺は徴兵される。そして彼女のために死ぬ。戦友が俺の胸ポケットから血まみれの彼女の写真、たとえば修学旅行のときにどさくさに紛れて撮ったツーショット写真を見つけて、その裏には「愛したのはあなただけでした」なんて書いてあったりして、それが届けられた暁には、彼女も終生きっと心の片隅に俺を置いてくれるに違いない。
なんか覚えのある妄想だなと思ったら、中学生のころの妄想だった。あれから俺は少しも成長していないのか、それともここまで窮地に追い込まれたら、脳が委縮して幼稚化してしまうのだろうか。
・・・・現実を直視して、整理しよう。
俺は死ぬしかない。というか、決まっている。そのことを彼女に伝えられる可能性は、ゼロではない。そして俺は、彼女に自分の死を伝えたい。でも、餓死なんて惨めな死を伝えたい訳じゃない。
本棚から、フェミニズム関連の本を数冊引っ張り出して、おそらくここで尽きるだろう布団の周りを囲うように1冊1冊並べていった。一周するには足りなかったので、アマゾンで同じ類の古本をいくつかポチッた。
それが届けば完成。そう、俺はガソリンを被った僧侶のように、身命を賭して意思表示する英雄なのだ。
( ´艸`)🎵🎶🎵<(_ _)>