ある熟女の宿:ショートショート
その女は美しかった。美しいだけではない。華やかなのだ。齢は四十といったところだろうか。明るい紫のノースリーブワンピースから伸びる白い腕は肌理が細かく、密になだらかで、じっと永く見つめようとしても、私の目が送る視線は、あたかもそれは水滴であるかのように撥ねてしまい、一点に留めてはいられないのだった。そうして刹那刹那に外れては戻る視線はやがて指先の方へ移り、そこに安住の地を見出す。あでやかな薄紅色に染まった爪が、私に訴えかけてくる。
「ただじゃないのよ。お宿代、いただけます?」
「おいくらでしょうか」
「あら、お金のことじゃありませんのよ?」
「ああ、それは失礼。私としたことが。つい、居心地が良かったもので。ええ、あなたは美しい。いつまでも美しくいてくださいな」
「ふふふ、どうもありがとうございます。はい、こちら、お釣りのお返しでしてよ」
「いえいえ、釣りはいりません。どうしてもというなら、そちらの募金箱へ」
「あなたは素敵な紳士ですわ。あっ、ふふふ、私ったらやだわ、あなたと同じでうっかり者なんですから」
「お気になさらないでください。人間そういうものです。せっかくですので、ありがたく頂戴いたしますね。では」
「またのご来館、お待ちしておりますわ」
「ええ、どこかでまたお会いできること、切に願っております。それまで、お互い元気でいましょう」
そういって私は電車を降りた。
( ´艸`)🎵🎶🎵<(_ _)>