智花のナポリタン:ショートショート
どんなに多様性のあふれる時代になったとしても、冷たいナポリタンが大好きだ、なんて智花の味覚は誰の共感も得られないだろう。
しかし彼女は、舌先の感覚でそれを好ましく思っているのではなかった。ほとほと人との繋がりに疲労困憊していた彼女は、この冷え冷えとした味わいのなかに、いったいどこの神経がそれを感じ取っているというのか、ともかく断絶と孤独の味を見出すのだった。
パスタに絡まった、ケチャップを素とする赤いソースが、彼女には鮮血に見える。だれの血液だろう。強いて言うなら、彼女自身だ。しかし一人ではない。無数の、いくつもの智花が屍となって流された鮮血が、そこで冷やりと合一し、再び彼女のもとへ還る。
『ふふふ、お疲れ様でした』
そう心につぶやきながら彼女はザクザクと、白いプラスティックのフォークをナポリタンに突き刺してゆく。
『喜びなさい。これであなた達は本物の私になるのよ』
くるんと二巻き三巻きして、口のなかへ運ぶ。
まろやかなケチャップの酸味が、舌の表面に冷たく染みわたってゆく。
いや、この表現は、智花には不正確だ。冴え冴えとして、一点の曇りもなく澄んだ、熱に脚色されない、味の原色ともいうべきか、混じりけのない味そのものなのだ。
飲み込めばたちまちに心は温まり、安堵の息が漏れた。いまや彼女には、湯気が立つメシをありがたそうに頬張っている連中が、とんでもなく間抜けに見える。
そんなご愛嬌はさておき、智花が真に感じ取ろうとしていたのは、自分自身の熱だったかもしれない。それは例えば、暑くて喉が渇いているときに、冷たいものを摂るのとは訳がちがう。自分で自分の熱が存在することを感じるためには、余計な熱感があってはならない。
かくて、口の中に残る穏やかな冷感は、あたかも平熱の体温と力が均衡しているかのように永いこと留まって、どっちつかずの拮抗した時間が流れている。
その間を彼女はスナイパーのように目を細め、狙いをすまし、この冷感こそは体温の裏の姿なのではないか、と、見えるはずもない自分の姿を、摂理に抗って捕捉しようと試みて諦めないのだった・・・・———。
( ´艸`)🎵🎶🎵<(_ _)>